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人権デュー・ディリジェンス
企業が、自社・グループ会社および、サプライチェーンなどにおける人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組みの実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示する一連の取組みのこと。
© 林宏之
経済活動のグローバル化とともに高まる、企業の人権尊重の重要性
近年、グローバル化の進展とともに、企業活動が社会に及ぼす影響がますます大きくなり、企業はより一層の社会的責任が求められています。こうした中で注目されているのが、事業活動において人権を尊重する人権デュー・ディリジェンスという考え方です。
“人権”とは、生存権や財産権、幸福追求権、表現・移動の自由、法の下の平等など、誰もが生まれながらに持つ権利のことです。一方、“デュー・ディリジェンス”とはビジネス用語として使われ、M&A(Mergers and Acquisitions[合併と買収])において買収する企業が、買収対象企業の財務・法務・人事などのリスクを事前に調査することです。この二つの考え方を組み合わせたのが“人権デュー・ディリジェンス”であり、企業が自社・グループ会社およびサプライチェーンにおける人権侵害リスクを調査・特定し、予防・軽減の策を講じ、その結果を検証・開示するまでの一連の取組みを指します。 人権を巡る企業の取組みは、1999年に当時の国連事務総長であったコフィー・アナン氏が、国連と企業・団体が協働して持続可能な社会を築くことを目指し「国連グローバル・コンパクト(UN Global Compact)」*1を提唱したことをきっかけに国際的に広まりました。さらに、2011年には「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」*2が国連人権理事会において全会一致で支持されました。 こうした世界の流れを受けて、日本政府は2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」*3を策定。企業が自らの事業活動の中で人権侵害の恐れを見つけ、改善につなげる人権デュー・ディリジェンスの導入を進めています。
企業が尊重すべき人権と、サプライチェーン全体での継続的な改善
企業が尊重すべき人権の対象は、自社やグループ企業の従業員だけでなく、求職者や取引先の従業員、顧客や消費者、地域社会の住民など、事業にかかわるすべての人々です。特に取引先については、直接取引のある企業だけでなく、その先に存在する二次・三次の下請け企業や原材料の供給元、流通・販売業者など、サプライチェーン全体を見通して注意を払うことが求められます。
また、企業が配慮すべき人権侵害の内容は、極めて深刻な事例から日常的で見逃されやすいものまで多岐にわたります。従業員や労働者にかかわる問題としては、海外で散見される強制労働や児童労働、不当な長時間労働や時間外労働、劣悪な労働環境、労働組合の結成などを妨害する団結権の侵害、人種・国籍・性別・ジェンダーなどによる差別的な扱いなどといったケースが代表的な例とされています。顧客や消費者に対しては、製品の欠陥による安全性の問題や健康被害、不適切な個人情報の取扱いなどが挙げられます。地域社会においては、環境汚染や自然破壊、国や地域によっては先住民族の権利侵害なども考えられます。
企業が人権を尊重する取組みを実効性のあるものにするためには、改善プロセスを構築することが重要です。まず、トップを含む経営陣が人権尊重への意思を明確に表明した上で「人権方針」を策定し、従業員や取引先など社内外に周知します。
次にこの方針に基づき、自社やサプライチェーンにおいてどのような人権侵害のリスクが存在するかを特定し、その重要度を見極めて対応の優先順位を定めます。そのために、例えば従業員・取引先へのアンケートやヒアリングといった調査、社内の関係部署へのヒアリング、NGO*4などステークホルダーとの対話などを行い、関連情報を収集します。
こうして特定された人権リスクに対しては、相手との関係性を踏まえ、改善に向けた対応を働きかけながら、必要に応じてフォローアップを行い、その実現を支援します。実施した対策については、再度のアンケートなどを通じて確認し、時には現場調査も行いながら改善の効果を検証します。このような取組みは、一度で終わらず繰り返し継続的に行うことで、より強固なプロセスが構築され、人権侵害リスクの低減につながります。なお企業は、人権デュー・ディリジェンスに関する情報を開示することが重要とされています。開示する内容は例えば、人権方針を企業全体に定着させるために講じた措置、特定した重大リスク領域、特定した(優先した)重大な負の影響またはリスク、優先順位付けの基準、リスクの防止・軽減のための対応に関する情報、実効性評価に関する情報です。
一人ひとりが人権を意識することで、より良い社会を築く
今や、人権を尊重する取組みは、企業活動に欠かせない視点の一つになっています。欧米では、義務化・法制化が進み、日本の企業でも大手を中心に導入が広がっており、特に世界規模でビジネスを展開する企業にとっては、もはや避けて通れない課題となっています。
人権デュー・ディリジェンスは、単なる制度ではなく企業活動の中で、“人を傷つけない”“不当な扱いを生まない”という意識を根付かせる取組みであり、本質はすべての人が安心して働き、暮らせる環境をつくることです。企業のこうした誠実な姿勢は、顧客や投資家などステークホルダーからの信頼を高め、ブランドイメージの向上を通じ、結果として企業の競争優位性や持続可能な成長に貢献することにもつながります。
しかし、日本では人権を巡る考えが十分に浸透しているとはいえません。だからこそ、企業が率先して人権を尊重する姿勢を示すことが求められています。企業は多くの人や組織とかかわりながら社会に影響を及ぼす存在であり、その考え方や行動は取引先や顧客、さらには一般の人々の意識にも少しずつ広がっていきます。
そして、企業がこの取組みを進めるには、法務部や調達部など一部の専門部署だけで完結できるものではないため、そこで働く一人ひとりの意識が何よりも欠かせません。研修などの機会を通じて、人権への理解を深めるとともに、パワハラやセクハラなどのハラスメント行為はもちろん、自分では“良かれ”と思った行動が、相手を傷つけてしまう場合があることにも目を向けていくことが大切です。
日々の業務の中で、相手の立場に配慮し、思いやりを持って接する心を忘れないこと。そのような小さな意識の積み重ねが人権を尊重するマインドを醸成し、やがて社会全体に広がり、誰もが安心して生きられる社会の実現へとつながっていくのではないでしょうか。
- *1:国連グローバル・コンパクト(UN Global Compact)
国連と企業・団体が協働して、持続可能な社会を築くためのイニシアチブ。参加企業・団体は、「人権の保護」「不当な労働の排除」「環境への対応」「腐敗の防止」にかかわる10原則へ賛同し、具体的な行動の継続が必要とされる。 - *2:ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)
「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」の三つの柱から構成され、人権侵害の予防や対処、救済などを明確に定めている。 - *3:「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)
国連人権理事会の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、今後政府が取り組む各種施策が記載されているほか、企業に対しても人権への影響の特定・予防・軽減・対処・情報共有を行うことや、人権デュー・ディリジェンスの導入を促している。 - *4:NGO(Non-Governmental Organization)
政府から独立して社会課題の解決に取り組む団体で、国際協力や人道支援など幅広い活動を行っている非政府組織。