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Special Talk 特別対談 | 東京大学 執行役・副学長 産学協創推進本部長 大学院工学系研究科教授 染谷 隆夫 氏×アズビル株式会社 取締役 代表執行役社長 山本 清博
日本の競争力強化を支える産学連携の実践に
企業、大学はそれぞれどう取り組むべきか
企業と大学などが協業を通じて共同研究や人材交流を進め、社会やビジネス上の課題解消に貢献する「産学連携」。azbilグループが2025年5月に発表した中期経営計画では、環境変化に適応して自らを創り変える「進化」と、外部企業や大学を含む産官学との協業により、それぞれの強みを活かしながら、新しい価値創出に取り組んでいく「共創」を経営の中核に据えています。オートメーションを通じて現場の課題解決に向き合い、「azbilグループらしい事業モデル」による持続的な事業拡大を目指す上で、産学連携を単なる活動ではなく、社会課題と事業成長を同時に実現する経営手段として位置付けています。産学連携を実践していく上で、企業と大学はどのような姿勢で向き合うべきかについて、東京大学 産学協創推進本部長として関連施策をリードする染谷隆夫氏と、アズビル株式会社 取締役 代表執行役社長 山本清博が語り合いました。
今大学に求められる社会課題解決に向けた企業との連携
山本 私たちは長年、お客さまの現場に向き合いながらオートメーション技術を磨いてきましたが、社会課題や技術環境の変化が加速する中で、企業単独では対応の難しさを感じる場面も増えています。より広い視点やパートナーとの連携が不可欠になりつつある今、大学との「共創」について率直にお話を伺えればと考えています。
染谷
まさに今、日本全体としても、企業と大学の関係性をどう進化させていくかが問われていると感じています。
単なる共同研究を超えた、社会課題の解決に向けてどう役割を分担し、価値を生み出していくのか。その点について、アズビルのお考えも含めて、議論できれば嬉しいですね。
山本 染谷先生は、東京大学の執行役・副学長、そして大学院工学系研究科教授として、研究や教育の最前線に立っておられます。また、東京大学における企業との組織間連携や共同研究のサポート、起業にかかわるインキュベーション*1活動を担う、産学協創推進本部の本部長でもいらっしゃいます。先生の目から見て、現在の産学連携の状況をどのように捉えていらっしゃいますか。
染谷
率直に感じているのは、産学連携の意義そのものが、近年大きく変化してきているということです。大学は国の支援を受けながら基礎研究に取り組んでいます。基礎研究の重要性は、過去も現在も、そして未来においても変わらないのですが、昨今では基礎研究から生み出された新たな知識や技術を、産業界へとつなぎ、社会課題を解決する価値として確実に還元していくことが、大学に強く求められるようになってきています。
そうした流れの中で、産学連携の在り方も変化してきています。具体的には、産学が新たな産業の創出や人材育成といった共通の目的の下に、社会価値に直結する大型研究を共創型で進めていくという連携スタイルへと移行してきていると感じています。
例えば、私自身の研究テーマでいえば、専門である有機エレクトロニクスの領域において、柔軟性・伸縮性を備えた、多点・マルチモーダル*2な人の皮膚の特徴を持つ薄いシート状のセンサを開発してきました。これは「伸縮性エレクトロニクス」という新領域を創出するもので、企業の協力を得ながら、予防医療などの分野におけるウェアラブルデバイスへの応用も進んでいます。
山本 なるほど。従来のように大学側では基礎研究と論文発表を目的とし、企業の側では研究成果に加えて優秀な人材の獲得といった、互いに異なる目的を持った連携ではなく、社会価値の創造という明確な共通の出口戦略を描いて取組みを進めている、ということですね。当然それらの活動は、既存事業の延長ではなく、新規事業の探索を見据えた連携が中心になってくるため、大学に寄せられる社会からの期待も大きく変化してきているといえそうです。
染谷
はい、その背景としてお伝えしたいことの一つに、既に米国などでは「大学不要論」ともいうべき主張が声高に論じられていることがあります。大学の活動や研究は高度である一方、その価値や成果が社会に十分伝わっていないのではないか、多額の公的資金を投じる必要があるか、という問いが突き付けられています。科学的根拠が軽視され、真偽も不確かなSNSが大きな影響を及ぼす傾向があります。事実、大学はイノベーション創出の源泉として多くの成果を生み出してきました。一方、それらの成果が広く社会全体につながっているのか、特定の領域や層に偏っていないかという議論も生じています。
こうしたことは米国で特に顕著ですが、どの国の大学を訪問しても、当事者である大学側は自らの存在意義について、少なからず危機意識を抱いています。
山本 そのような背景を考えると、大学にとっても、産学連携を通じて、世の中の方々に分かりやすい形で、社会価値を生み出していくことが、ますます重要なテーマとなるわけですね。
企業は大学との共創がもたらす価値を正しく評価し活用を
山本
私たちは、お客さまの課題をオートメーション技術によって解決していくことを生業としています。2025年度に発表した新たな中期経営計画では、長年にわたり構築してきた広範かつ安定的な顧客基盤との強固な関係に基づく「基盤事業」で事業の持続性と収益性を高め、半導体などの技術革新やカーボンニュートラルといった社会課題への対応を新たな事業機会と捉える「成長事業」にて新たな顧客を開拓する、このような顧客の開拓と基盤の強化を図るサイクルを回す「azbilグループらしい事業モデル」を改めて定義しました。
この事業モデルをさらに強化していくためには、環境変化に適応すべく自らを創り変えること、すなわち「進化」に加え、大学や他企業など外部パートナーとの協力による新たな価値の「共創」、つまりオープンイノベーションが不可欠だと考えています。
私たちが手掛けている計測と制御という技術の特徴の一つは、計測と制御には必ず相手となる制御対象があり、その相手と向き合い、ともに価値をつくっていくことが前提となる、ということです。そういう意味で、もともと私たちは「誰かと一緒にやる」ことが当たり前の世界で仕事をしてきました。そこに産学連携をさらに強化し、新たな価値を掛け合わせることで、社会への価値提供をより早く、より本質的なものにできると考えています。
社会課題がますます複雑化する中で、単一企業が独力で解決していくことには限界があります。だからこそ、中期経営計画で掲げた「進化・共創」の実現に向けては、大学との共創、すなわち産学連携がとりわけ重要な意義を持つと考えています。産学連携は人材と技術の両面から企業の「進化」を促し、「共創」を実現していくための重要な経営施策だと考えています。
この点について、大学側で産学連携のプロジェクトを推進されている立場から、企業がどのような意識をもって産学連携に臨むべきか、ご提言をいただければと思います。
染谷
まず一つ目は、企業には本気度の高い共同研究を目指していただきたいという点です。既存事業の延長ではなく、本当に解きたい課題の解決に向けた新規事業創出のパートナーとして大学を捉えていただきたいですね。
その際に重要なのは、点と点をつなぐ従来型の共同研究ではなく、組織と組織が総力を挙げて連携することです。本当に難しい研究に挑めば、一つの課題を解決しても、また新たな課題が次から次へと現れます。それには継続的な総力戦でないと対処できません。
もう一つが、スタートアップとの連携です。既存企業の人材とスタートアップの人材が相互に刺激し合える環境を整えることが重要だと考えています。
実際、大学の研究成果は企業における製品・サービス開発と比べて、社会実装に向けた完成度や検証がまだ初期段階にあることが多く、そのまま事業化に移行することは容易ではありません。近年は社会課題の複雑化や技術の高度化により、研究と事業化の間に存在する“橋渡しの領域”が拡大し、そのプロセスもより難易度を増しています。また、産学連携においては学生のリクルートを主目的とするのではなく、大学と一緒になって人材育成に取り組んでいただきたいと思います。その際には、むしろ企業の側から、自社のエースともいえる人材を大学側に派遣していただけると良いと思います。連携の品質が高まるだけでなく、学生がそうしたエース人材に魅了され、その企業をよく理解した上で、将来の入社につながることもあるかもしれません。
山本 なるほど。一方で、私たちが産学連携における課題だと感じているのが、企業の一般的な考えとして、扱うテーマが難しければ難しいものであるほど秘匿性が高まり、オープンにしづらいということです。
染谷 おっしゃる通りです。産学連携の魅力の一つは、非常にみずみずしい感性と高い能力を持つ若い学生たちが、真剣に課題に向き合ってくれる点にあります。彼らは自分自身がかかわった成果を論文として発表したいと考えるのが自然です。それを秘密にしてほしいという姿勢の企業は、大学にとっては正直、一緒にやりにくい存在になってしまいます。私が申し上げたいのは、大学と連携することのポテンシャルを正しく評価し、大学をうまく活用してほしいということなのです。お客さまの情報など、営業上秘匿すべき情報はもちろんあるかと思います。しかし産学連携で本来描くべきなのは、社会や事業の次世代の姿です。次世代とは、すなわち「夢」だと思うのです。夢をどんどん語ったらいいじゃないかと。夢も語れない会社に未来はない、というのが私の考えです。
山本 そのお考えに賛同します。アズビルは、大学とともに未来の社会や産業の姿を語り合い、その実現に向けてグループ全体で取り組み続ける企業でありたいと考えています。
ダイバーシティを活かした変革で、新たな価値創出を加速
山本 先ほど、米国をはじめとする国々では、「大学不要論」が社会的な議論として広がっているとのことでしたが、日本の中では同様な話は実のところあまり耳にしません。そのあたり実際はどうなのでしょうか。
染谷 日本では大学に対して、新しい産業の創出に貢献してほしいとか、優秀な人材を育成してほしいという期待の声のほうが大きいと感じています。世界的に見ても、国民から大学が大切に思われている国だといえますね。したがって、諸外国のような議論が起こる前に、大学が社会から求められる役割をしっかりと果たしていく必要があります。その意味で、今は待ったなしの状況だと思っています。
山本 もし日本の大学がそのような現状を維持できるのであれば、世界に対しても高いプレゼンスを保ち続けることができるでしょうね。例えば、優秀な学生が世界中から来てくれるようになる、といったことも期待できるのではないでしょうか。
染谷
現在、日本の大学に留学している学生の多くは、日本が好きだからという理由で来日しています。そして彼らの多くは、日本で就職したいと考えています。
しかし一方で日本企業は、留学生の採用に必ずしも積極的でないという面も少なからずあって、例えば就職面接は日本語でないといけない、といったハードルも依然として存在します。東京大学でも、日本語習得のためのプログラムをかなり充実させていますが、日本企業の側でも、海外出身の人材をもっと積極的に雇用して、ダイバーシティを拡大していくことが重要だと考えています。異なる価値観を持つ人たちとともに働くことは、これまでにない新しい価値を生み出す原動力となりますし、それが結果として、我が国を支える将来の産業基盤の強化にもつながっていくはずです。
山本
本日、染谷先生からご提示いただいた、本気の共創、スタートアップとの連携、そして人材育成を念頭に置いた産学連携を軸に、まずは東京大学との間で実践して価値の共創を目指していきたいと考えています。
こうした取組みが、優秀な人材を引き寄せることにもつながるでしょうし、既に働いている社員の成長にも確実に寄与していくものと捉えています。アズビルはこれからも産学連携の取組みを通じて、社会課題の解決と事業成長の両立に挑み続け、その成果で社会に貢献する企業でありたいと考えています。
染谷
冒頭でもご紹介いただいたように、アズビルはオートメーション分野にかかわる計測、制御、ソリューションの提供に取り組んでおられます。一方大学単独では、計測に関する要素技術は数多く保有していますが、顧客ニーズを踏まえたソリューションの提供まで担うことは容易ではありません。
そうした意味で、大学が持つシーズを現実社会のニーズと適正にマッチングして社会的価値を生み出すには、アズビルのような企業との連携が不可欠です。MEMS*3技術を自社開発するなど、新たなテクノロジーに対する感度の高いアズビルのような企業との共創が、有益なイノベーションを生み出す可能性を秘めていると、大いに期待しています。
山本 azbilグループはオートメーション技術を社会に提供している企業として、それらを活用して現場で価値を創ることを強みとしています。産学連携を通じて、大学が生み出す先端技術を社会課題の解決につなげる、その一翼を担うことこそがアズビルの役割であり、今後も担っていきたいと考えています。
次世代とはすなわち「夢」
夢を語れない企業に未来はない
東京大学
執行役・副学長
産学協創推進本部長
大学院工学系研究科教授
染谷 隆夫 氏
お客さまのニーズに精通した当社が
大学のシーズを社会価値へと変える
アズビル株式会社
取締役
代表執行役社長
山本 清博
- *1:インキュベーション
新規事業や起業を支援、育成する活動。大学においては、研究成果を基にした大学発スタートアップの創出支援や、創業初期段階での経営サポート、資金調達支援などを行う。 - *2:マルチモーダル
複数の異なる種類の情報(圧力・温度・変形など)を同時に取得・処理できる特性。 - *3:MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)
微小な電気要素と機械要素を一つのチップに組み込んだ、センサをはじめとする各種デバイス/システム。
伸縮性を備えたウェアラブルデバイスが
世界の取組みを大きくリードする
センサ機能を有する「ロボットの皮膚」という発想から始まった染谷氏の研究は、やがて柔軟性と伸縮性を兼ね備え、多点かつマルチモーダルという皮膚の特徴を持つ薄いシート状のセンサの開発に成功した。
その特徴から、顔や手足、胴体など任意の部位への貼り付けを可能とし、ウェアラブルデバイスとして適用領域を大きく広げている。
「羽毛より軽い」というキャッチフレーズが付けられた世界最薄・最軽量のこの電子回路は、医療分野における多様な部位のバイオデータの計測やスポーツ分野でのモーションキャプチャーシステムなどに広く採用。
皮膚に張り付けた低感作性のセンサ
(ナノメッシュ電極)
例えば、Tシャツにこの電子回路を搭載すれば、患者がそれを宅配便で受け取り身に付けることで、自宅にいながら体温や脈拍、心電図といったバイオデータを、機器装着などの負担をかけることなく計測可能になる。こうした取組みは様々な領域で実用化が進みつつあり、新たな社会的価値を創出し始めている。