with azbil
SPECIAL
- NEW
Special Talk 特別対談 | 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 上級執行役員 計量標準総合センター長 臼田 孝 氏×アズビル株式会社 研究開発担当 執行役常務 石井 秀昭
計測標準に準じた製品・サービスの提供で
計測にかかわるお客さまの品質ニーズを満たす
1996年10月、アズビル株式会社は藤沢工場(現・藤沢テクノセンター)内に計測標準センター(現・計測標準グループ)を設置しました。その立ち上げから今日に至るまで、的確な助言でazbilグループの計測標準の整備を支援してきたのが、国内における計量標準の確立と社会への供給を担う産業技術総合研究所の計量標準総合センターです。今回は、計量標準総合センター長として日本の計量分野をリードする臼田孝氏と、アズビル株式会社 研究開発担当 執行役常務 石井秀昭が計測標準の過去・現在・未来について語り合いました。
※ 本文中に「計量」と「計測」が併存していますが、「計量」は法律に基づく機関で、「計測」は産業界で広く用いられているため、この区分を踏まえた表現となっています。
正しい計測が、社会とものづくりの信頼を支える
石井
臼田さんは、長年にわたり日本の計量分野をリードしてこられました。臼田さんがセンター長を務める計量標準総合センターとは、アズビルの計測標準グループの基盤づくりの段階からご指導・ご支援をいただき、そのかかわりは30年以上にも及びます。
計測標準は、ものづくりにおいてなくてはならない一方で、その重要性がなかなか一般には伝わりにくいテーマです。そこで今日は、計測標準の役割やアズビルとのつながり、そして今後の展望についてお話を伺いながら、あらためてその意味を深めていきたいと思います。
臼田 計量標準とは、人々の生活や産業、科学、経済などあらゆる社会活動において欠かすことのできない「計測」という行為とその結果に、信頼性を与える「基準」となるものです。どれほど正確に測ろうとしても、「基準」が正しくなければ意味をなしません。計量に対する信頼性と透明性は社会の基盤を支えるものであり、それが欠ければ技術や商取引の価値そのものが揺らいでしまいます。
石井 おっしゃるとおりです。「計量」の信頼性は社会全体の基盤であると同時に、「計測」は私たちの事業活動においても欠かせないものです。製品開発においては、計測の基準が確立されていることを明確に示す必要があります。もし基準が不確かであれば、お客さまに使っていただいたときに不具合やトラブルが生じ、場合によってはクレームに発展する可能性があります。そのときお客さまが必ず問うのは「何を基準にやってきたのか」という点です。ですから、その根幹となる基準を社内にしっかり持ち、会社の商品力のベースとすることが重要だと考えています。
150年前のメートル条約を起点に、国際的な計測標準策定の取組みが進む
臼田
歴史上初めて、版図レベルで長さや重さなどの計量単位の統一を図ったのが、古代中国・秦の始皇帝だといわれています。その後、18世紀のヨーロッパでは市民階級の経済活動が盛んになり、自然科学も大きく発展したことから、科学的に普遍的な単位を定めようという動きが広がりました。そうした流れの中で、フランスで誕生したのが「メートル法」です。
ここでは長さの単位であるメートル(m)と質量の単位であるキログラム(kg)が定義され、当初は子午線の長さや一定体積の水の質量を基準に、金属製の分銅が作られました。
当時、フランス以外の国々でも単位の統一は大きな課題となっており、1867年のパリ万国博覧会では、学者たちがメートル法で単位を国際的に統一する委員会を結成しました。さらに1875年には、各国が協力してメートル法を導入することを目的とした「メートル条約」が17カ国の代表により締結されたのです。1889年には世界に一つしかない「国際メートル原器」と「国際キログラム原器」が誕生。1885年にメートル条約に加盟した日本もそれぞれの国際原器の複製を受け取りました。
その後、科学の進歩に合わせて定義は見直され、1983年にメートルは光の速さを基準としたものに再定義されました。さらに2019年にキログラムは物理定数であるプランク定数を基準とする新しい定義が導入され、国際原器に代わるより高精度な基準が実現しました。
石井 メートル法で定義されている長さや質量などの単位は、計測にあたっての国際標準として同等性が担保されているため、各国が共通の基準で「正しく測る」ことが可能になります。産業技術総合研究所の計量標準総合センターは、まさにこの国際標準に基づき、国内の「計量標準」を担保する役割を果たしているわけですね。
臼田
はい、そのとおりです。重要なのは、国際的に定められた単位や計量標準が、あらゆる産業の現場で使われる計測機器につながっていくことです。というのも、計測機器は長く使用されるうちに精度が低下するなどの経年変化が避けられません。そこで一定のサイクルでより安定した上位の機器である「標準器」と性能を比較し、必要に応じて調整を行うこと、つまり「校正」が不可欠です。
当センターでは国内で最上位に位置付けられる計量標準(国家標準)を管理し、その正確性を国際的に保証しています。各企業には、圧力や温度、湿度、電気などを測るための計測器があります。各企業の中で最も正確とされる「標準器」を、当センターが管理する国家標準で校正することで精度を保ちます。さらに、その企業が保有する標準器を基準にして現場の計測器を校正することで、最終的に国家標準と現場の計測器までが結びつく「計量トレーサビリティ*1」が確保されるのです。
各国の標準研究所で管理している国家標準の正確性については、仲介標準器(安定性に優れた特別な標準器)を持ち回り、相互比較し同等性を確認しています。これらの結果をベースに「国家計量標準及び国家計量標準機関で発行する校正証明書の相互承認(国際MRA:Mutual Recognition Arrangement)」という仕組みを利用し、国家標準の正しさを世界的に担保しています。
計測標準センターの立ち上げを計量標準総合センターが強力に支援
臼田 アズビルでは、各種計測機器の校正を通じて計測結果の国家標準へのトレーサビリティを確保する専門部署を設けていますね。
石井
はい。1996年10月に計測標準センターを立ち上げました。当社は、計測と制御を事業の柱としており、特に計測機器は私たちの理念である「人を中心としたオートメーション」を支える基盤ともいえるものです。計測標準センターを設置する背景には、1993年に改正計量法が施行され、計測機器の正確性にかかわるお客さまの要望が急速に高まってきたことがあります。そうした声に応えるべく、設置に向けた準備を開始しました。
計測標準センター設置に際し、担当者が産業技術総合研究所の計量標準総合センターを訪ね、支援をお願いしましたところ、センターの皆さまが長年培ってこられた豊富な経験とノウハウに基づく数多くの有益なアドバイスをくださいました。当時アズビルには、計測標準に関する十分な知見がありませんでしたが、私たちの状況を寛容に受け入れていただいたのです。いま考えれば、皆さまのサポートがなければ、お客さまはもちろん、競合他社からも高く評価をいただいている、現在の計測標準グループの姿は実現できなかったと、深く感謝しています。
臼田 そもそも計測標準の領域は、普段は脚光を浴びることのない地道な活動で、どちらかというと縁の下の力持ちといった存在です。当時は日本企業の国際展開が加速する一方で、製造物責任法(PL法)が1995年に施行されたこともあり、企業における計測標準に対する関心が高まりはじめた時期でした。こうした流れの中で、アズビルが計測標準の重要性をいち早く認識されて、我々にご相談いただいたことは、非常にうれしく感じました。実際、担当者も積極的に協力させていただいたと聞いています。
新設の建物への移転で校正に最適な環境を実現
石井
おかげさまで、以来、社内およびグループ企業、そしてお客さまが使用される計測機器の校正を一貫して実施してきました。その過程で、計量法トレーサビリティ制度(JCSS:Japan Calibration Service System)への登録にも注力してきました。これは、計量法に基づく日本の校正事業者登録制度で、ISO/IEC 17025(校正機関の技術能力に関する国際規格)に準拠した校正能力を有していることを認定するものです。
これまでに「圧力」を皮切りに、「温度」「湿度」や「電気(直流・低周波)」「流量・流速」「時間・周波数及び回転速度」といった6区分でJCSS校正事業者として登録されてきました。加えて、測定機器を用いた13種類の校正サービスにかかわる技術でも高い評価を獲得し、今日ではアズビルは国内においてトップクラスの校正事業者として広く認知されています。
臼田 アズビルでは、計測標準センターの立ち上げ後、JCSSの登録区分の拡大をはじめ、施設や設備の拡充など順次取組みを広げてきたわけですね。
石井
もともと計測機器の校正を行う作業場所の標準室は、計測標準センター発足時に藤沢工場内の第30建物に設置されました。しかし、この建物は一般的なオフィスビルであって、計測を行うための様々な対策を実施しては来たものの、精密さが求められる校正作業を実施するには、環境面で根本的な課題がありました。
例えば水害のリスクです。藤沢テクノセンターの近隣には二級河川である柏尾川が流れており、大雨や台風などによる氾濫の危険性が指摘されています。計測への振動の影響を避ける必要がある標準室は建物上階への設置はできないため、必然的に1階に置かざるを得ません。そのため河川の氾濫による浸水の懸念が拭い去れませんでした。また、近くには東海道線が走っており、振動など電車通過時の影響を低減することにも苦労していました。
これらの課題に対して当社では、福岡県の香春(かわら)技術センターにバックアップ施設を設置し、万一、藤沢テクノセンター内の標準室が稼働できない状態に陥った際に、最低限の校正サービスを提供できる体制を整えました。さらに、2022年9月に藤沢テクノセンター内で稼働を開始した新実験棟(第104建物)へと校正環境を移転することを決定しました。
第104建物は第30建物に比べて約1.4メートル高い場所に建設されたため、河川氾濫による浸水リスクを大幅に低減できました。また振動対策として、標準室の土台部分を第104建物自体の土台と構造的に分離し、地盤の揺れが伝わりにくくするといった工夫も行っています。
このように、校正にとって持続可能で最適な環境を整えるなど、製品やサービスの品質を高める取組みを進めています。
計測標準の世界が宇宙空間へと羽ばたく
石井 1875年に17カ国の間で締結されたメートル条約が、今年150周年を迎えました。2025年5月20日の世界計量記念日にはフランスのパリで記念式典が開かれ、国際単位系や計量をテーマに講演やパネルディスカッションが行われたそうですね。臼田さんも参加されたそうですが、特に印象に残ったことはありましたか。
臼田
最も印象的だったのが、「時間」についての議論です。現在、協定世界時(UTC)は精密な原子時計によって決定されています。これは経度0度、すなわち本初子午線上の時刻に相当しますが、時差を計算すれば地球上どこでも同時刻を同定できます。これは時系と呼ばれるものですが、いまその概念を宇宙にも広げようとしているのです。
相対性理論によれば、重力の強さによって時間の進み方は変わり、重力の影響が強い場所の時計は遅く、弱い場所の時計は早く進みます。例えば、月の重力は地球の6分の1程度、火星では3分の1程度なので、月面、火星面ではともに時計が地球上よりも早く進んでしまいます。月や火星と地球の間で通信するときには、電波が到達する時間のズレだけでなく、相互の時間の進み遅れを意識する必要があります。したがって地球の時系とどのように同期させるかが重要な課題になってきます。
人間の行動範囲が宇宙へと広がるに従い、時間といった基準を共有し得る手段を検討することが不可欠です。将来的には、人類が月や火星にコミュニティをつくって、様々な産業活動や経済活動を行っていくことも考えられます。そうした未来を見据えて、時間という計量標準をどう捉えるかについての研究が、ヨーロッパの科学コミュニティでは既に進められていて、アカデミア層の厚さにも大きな感銘を受けました。
石井
なるほど。計測標準の世界が宇宙空間にも広がっていくのですね。アズビルとしても、将来的には国際宇宙ステーション内に快適な空間をつくるチャレンジもしていければと考えています。訪れるであろう未来のビジネスに思いをはせる一方、まず現状ではビルやプラントといった長期にわたって稼働する設備に対し、安定して価値を提供していくことが重要です。実際、こうした設備のライフサイクルは30年規模に及ぶことも珍しくなく、発生するトラブルに対応するために、引き続き我々の実践するストック型のビジネスを強化していきたいと思います。
同時に、社会課題を見据えた成長領域を見つけて、新しいオートメーションを創出していくというのもアズビルの重要なミッションです。そうした成長領域において、新たな計測のニーズが顕在化すれば、もちろん積極的に取り組んでいきたいと思います。必要に応じて、JCSSで現在未登録の新たな区分において、登録事業者となることも考えています。
さらに、取組みを支える上で、計測標準に精通した人材の育成も不可欠です。計測標準グループだけでなく、製品開発や品質保証、生産など各部門においても知見を高められるよう、現在、新入社員向けから、初級・中級・上級といった各レベルで、計測標準にかかわる教育プログラムを整備し、社内研修を進めています。
アズビルでは、今後も様々な取組みを展開していくにあたり、産業技術総合研究所の計量標準総合センターのご協力をいただき、日本の産業界における計測の分野をさらに発展させていきたいと考えています。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
臼田 人材不足やコスト高などで経営環境が厳しい昨今、品質管理は後回しにされがちです。そうした中でアズビルが計測標準グループを設けていることは、品質への確かな自信と強い競争力の表れであり、私たちにとっても非常に心強い存在だと感じています。こちらこそ、よろしくお願いいたします。
国家標準を基盤とした校正で
グローバルに認められた正しさを担保
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
上級執行役員 計量標準総合センター長
臼田 孝 氏
計測に安心と信頼をもたらす計測標準は
経済や社会の発展には不可欠な存在
アズビル株式会社
研究開発担当 執行役常務
石井 秀昭
- *1:計量トレーサビリティ
校正の連鎖が最終的に国家/国際標準までさかのぼることができる状態。