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環境の取組みに対する第三者ダイアログ

「ネイチャーポジティブ」に企業はいかに取り組むべきか
~取り組みの意義とアプローチについて考える~

東北大学 グリーン未来創造機構、兼
大学院生命科学研究科 教授 藤田 香 氏(正面左)
アズビル株式会社 執行役員
知財戦略、環境推進担当 岩崎 雅人(正面右)

近年、「カーボンニュートラル」や「サーキュラーエコノミー」など、地球環境の持続性にかかわる環境対策を、経営推進に向けた重要な指針としてビジネス戦略において明確に位置づけていくことが強く求められてきています。このような状況の中で、いま生物多様性の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ」がグローバル規模での重要テーマとなっています。今後、企業はこのテーマにどのように取り組んでいくべきなのか、アズビル株式会社 執行役員 環境推進担当の岩崎雅人が、ネイチャーポジティブにかかわる著書や広範な活動で知られる、東北大学 グリーン未来創造機構と大学院生命科学研究科の教授の藤田香氏にお話しをお伺いいたしました。


  • 「ネイチャーポジティブ」と企業のビジネス活動とのかかわり
  • 日本企業がTNFDアーリーアダプター登録社リストの25%を占める
  • センサーやIoTやAIといった技術の活用による貢献を期待
  • 「ネイチャーポジティブ」と企業のビジネス活動とのかかわり

    岩崎 「カーボンニュートラル」への対応に見られるように、今日、我々企業にとっては、ビジネス上の利益を追求し、自社の成長のみを目指すだけではなく、地球環境の持続性維持をめぐる広範で高い視座に立った活動が求められています。そうしたなか、近年、「ネイチャーポジティブ経営」が、今後の企業経営を考えるうえでのきわめて重要なキーワードとして浮上してきています。まずはこのキーワードが意図するところをあらためて教えていただけますか。

    藤田 ネイチャーポジティブ経営を端的に言うなら、「生物多様性や自然に配慮した経営」というふうに定義できるものと思います。もっとも、生物多様性や自然というと多くの方は、パンダやトキといった野生生物の保護を思い起こし、それが企業の経営とどう関係があるのかと思うかもしれません。
     それについて、まず前提として自然資本というのは、いわゆる生き物に限らず、たとえば水や土壌、大気といったものも包含した概念、いわば自然そのものだと捉えていただければと思います。そうしたとき、企業の活動というものは、実は自然を利用し、自然に影響を与えることで成り立っていることがわかります。
     例えばアズビルのような製造業が製品を製造するには必ず原材料が必要で、それが金属であるにせよプラスチックであるにせよ、それらは行き着くところ天然資源に由来しているということになります。農林水産業や食品、紙・パルプといった産業をイメージすれば、そうしたビジネス活動と自然とのかかわりは、さらにわかりやすいかもしれません。
     加えて、これも製造業の例ですが、工場を建設すれば土地や森林を改変することになります。当然そこでも、水資源が利用されることになるでしょうし、生産活動を通して生じる排水や化学物質が周囲の生態系に影響を及ぼすことになります。さらに生産された製品が販売され、消費者がその価値を享受したのち、廃棄される段階においても自然環境に影響が及びます。例えば、海洋プラスチックの問題が海の生態系に悪影響を及ぼしているということは周知の事実かと思います。
     つまり、企業の活動というものは、「自然資本」、すなわち生態系の恵みによる供給サービスを享受しながら、同時にそれを毀損していることにもなるわけで、毀損が続けばサービスを受け続けることはできなくなり、ひいては企業はその活動の持続性を担保できないということになります。
     そこで、森林や海洋、そこに暮らす生物たちを保全し、天然資源を適切に活用しながら折り合いをつけていく、さらには生物多様性の損失を止め、プラスに転じていくというネイチャーポジティブの視点に立った経営がいま企業には求められているわけです。
     これにかかわる世の中の動きとしては、2022年12月にカナダのモントリオールで開催された生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)において採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」があります。この枠組において、2030年までに陸域や海域の約30%保全を目指す、いわゆる「30by30目標」がよく知られています。また、企業がサプライチェーンを通して自然への依存や影響、リスクを評価して開示する「情報開示の目標」も盛り込まれました。


    日本企業がTNFDアーリーアダプター登録社リストの25%を占める

    岩崎 そうしたネイチャーポジティブ経営の実践にかかわる社会的要請の高まりは、必然的に企業における、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)にかかわるサステナブルな領域での取り組みを投融資の評価軸とする、ESG投資にも絶大なインパクトを与えることが予想されますね。例えば、気候変動リスクにまつわる領域では、G20の金融安定理事会(FSB)が設置している気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などにおいて提示されている枠組みに基づいて、ガバナンスや戦略、リスク管理、機会といった項目についての情報開示を求める動きが、欧州はじめ、米国、さらに日本においても加速しています。同様の動きはネイチャーポジティブの分野においても進んでいるのでしょうか。

    藤田 はい。「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の情報開示の目標を実現する形で、TCFDのネイチャー版ともいえる「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の枠組みが2023年9月に発表されました。そこでは、TCFDと似通ったかたちで、「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクトの管理」「指標・目標」という4つの柱で、14項目による情報の開示を求めています。
     これに関し、2024年1月に実施された世界経済フォーラム年次総会、いわゆる「ダボス会議」ですね、そこにおいてTNFDのアーリーアダプター登録をした企業のリストが公表されました。これは、2024年度以前あるいは2025年度の企業報告を、TNFDの枠組みに沿ったかたちで情報開示することを宣言した企業のリストですが、そこにあがっているのが世界全体で320社であるのに対し、うち日本企業が80社と25%を占めています。TCFDによる情報開示が、すでにプライム上場企業において義務化されていることを踏まえ、TNFDについても、それと同様の流れで進んでいくという思いがそれら日本企業にはあって、早々に自主開示をして訓練を積み、備えていきたいと考えていることも一因と思われます。


    センサーやIoTやAIといった技術の活用による貢献を期待

    岩崎 リストの25%というと、おそらく国単位で見れば日本の企業が最多数を占めているわけですね。そうすると当然、生物多様性にまつわるグローバルなリスクの解消において大きな貢献を果たしていくことが期待されるわけですね。それについて、例えば省エネルギーや脱炭素という領域では、特に技術的な側面を中心に日本企業の貢献が国際的にも高く評価されてきたという背景があります。
     当社アズビルでも、1978年に制定した企業理念「セーブメーション」(Savemation、Saving by Automationをかけあわせた造語)を合言葉に、持ち前の計測と制御にかかわる技術を応用して、 省エネルギー、省CO2の実現をもって、かけがえのない地球環境を守り、自然と科学が調和した豊かな社会の実現に貢献することをビジネス上の理念としてきました。そうした意味では、今回のテーマであるネイチャーポジティブの領域においても、確たる貢献を果たしていくことが当社にとってのミッションだと考えます。そのような視点から、当社に対してアドバイスを頂戴できればと思います。

    藤田 まず一般論から言いますと、アプローチはいくつかあるかと思います。1つ目は、サプライチェーン全体で、自社が自然に対してどれだけ依存したり、影響を与えているかを把握することからはじめ、特にリスクが大きいと考えられる、優先すべき地域や原材料を洗い出します。そこに対するリスク管理の徹底を目指すというのが1つ目です。
     2つ目は、自然を増やす、生態系に寄与するという取り組みです。わかりやすいところでは、植林や緑化といった取り組みがこれにあたります。3つ目、これは特にアズビルのビジネスに関係しそうなところですが、1つ目のリスク管理を前提に、例えば生態系にかかわるデータの収集、およびビッグデータとしての管理。こうしたところでは、アズビルが長年にわたり培ってきたセンサー技術をはじめ、近年取り組みを強化されているIoTやAIといった技術が確実に生きてくるものと思います。

    岩崎 おっしゃるように、当社は長年にわたりセンサー技術に取り組んできており、そのなかでかねてより計測とネットワークの融合を題材に、新たなビジネスを創出できないかと考えてきたという経緯もあります。先生の今のお話を聞いてインスピレーションとして得られたのが、漁業をめぐる課題の解消についてです。漁業関係者からは、同一の漁場であっても漁獲量が安定しないという問題をよく耳にします。これに対し、例えば海水温というものに着目して、各漁場の海水温をセンシングするネットワークを作り、海水温と漁獲量の相関関係を検証してみるというアプローチもあり得るのかなと思いました。

    藤田 おっしゃる通りだと思います。実際、魚が海のどこにどれだけいるかということは、正確には誰にもわかりません。せいぜい漁獲量から推定するしかないわけです。そこにアズビルのセンシングの技術が生かされ、リアルなデータを取得したり、それを推定や予報に役立てたりできれば、水産業の在り方にも大きな影響を与えます。水産業以外にも自然の現場にセンシングを生かせる領域は他にもあるでしょう。御社にとってもネイチャーポジティブを軸とした新たなビジネス機会を創出することにもつながるはずです。
     もう1つ指摘したいのは、アズビルは、すでにご紹介いただいた省エネや脱炭素の取り組みに限らず、オートメーション技術を通じて、さまざまな分野の顧客企業における自然に対するリスクを減らすなど、間接的にネイチャーポジティブに貢献する取り組みをしています。こうした活動を棚卸して、改めてネイチャーの視点から精査してみるのもよいのではないでしょうか。

    岩崎 ありがとうございます。今回得られた学びをベースに、アズビルの過去から現在に至るさまざまな取り組みをネイチャーポジティブの文脈に沿って改めて検証し、生物多様性に寄与する当社ならではの取り組みに向けたストーリーを、ぜひ描いていきたいと思います。


    東北大学 グリーン未来創造機構、兼、大学院生命科学研究科 藤田 香 教授

    藤田先生

    プロフィール

    • 東北大学 グリーン未来創造機構、兼
      大学院生命科学研究科 教授
      藤田 香 氏

    略歴

    富山県魚津市生まれ。東京大学理学部物理学科卒。日経BPにて、日経エレクトロニクス記者、ナショナルジオグラフィック日本版副編集長、日経エコロジー編集委員、日経ESG経営フォーラムプロデューサー、日経ESGシニアエディターなどを歴任。2023年4月に東北大学グリーン未来創造機構と大学院生命科学研究科の教授に就任。日経ESGシニアエディターも兼任する。環境省中央環境審議会など国や自治体の委員も多数務める。