HOME > アズビルについて > 会社PR > 会社紹介資料 > azbil Technical Review > 2016 > 巻頭言:人を中心としたオートメーションに向けて

巻頭言:人を中心としたオートメーションに向けて

加納 学
Manabu Kano
京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻 教授
Professor, Department of Systems Science, Graduate School of Informatics, Kyoto University

日本人男性の健康寿命は71.19歳,女性は74.12歳で,それぞれ平均寿命よりも9.02年,12.40年短い。これは2013年のデータであるが,日常生活に制限のある健康ではない期間が人生の1割以上を占めていることになる。史記には秦の始皇帝が不老不死を求めて徐福を蓬莱へ遣わしたと記されているが,さらに2千年前には既にギルガメシュ叙事詩に不老不死の話が出てくる。日本では古事記に,垂仁天皇の勅命を受けたタヂマモリ(多選摩毛理)が食べると不死になるというトキジクノカクノコノミ(登岐士玖能迦玖能木賓)を持ち帰ったとある。人間が長寿や健康を願うのは自然であり,それを叶えるための医学として古いものには,ギリシャ医学を起源とするユナニ医学,インドのアーユルヴェーダ,そして中国医学がある。これらの伝統医学は全体としての調和を重視している。

生産現場に目を向けてみよう。設備の不老不死は望むべくもないが,設備の健康寿命を延ばすことは重要である。もちろん,怪我や病気はできるかぎり予防すべきであり,仮に発生したならば,速やかに健康な状態を取り戻すことが求められる。そのために,異常検出や異常診断といった技術がある。古典的な異常検出方法として,着目する変数に上下限を設定する方法がある。この方法は,変数のバラツキをモデル化し,正常状態からは容易に観測されないような値が現れれば,異常が発生したとみなす。これは,人間ドックや健康診断と同じ原理であるが,設備全体としての調和を重視していない。設備が正常であれば,計測されている様々な変数が満たしているはずの関係があるに違いない。このような立場から,正常時の変数間の関係をモデル化し,その関係からの逸脱を監視する方法が支持されてきた。1990年代の多変量統計的プロセス管理(MSPC)の実用化を契機に,多種多様な方法が提案されている。さらに,Industrie 4.0やInternet of Things (IoT),ビッグデータといったキーワードが流行する昨今,大量のデータを効率的に扱い,変数間の関係をうまく抽出する方法の開発は加速している。ただ,気になることもある。それは,異常とは何か?を真面目に考えて定義しているかということである。

ここで少しばかり視野を広げてみよう。設備を運転しているのは人である。制御システムのインターフェースやアラームのマネジメントに関する取り組みは,人に作業しやすい環境を提供し,生産現場は洗練されてきている。しかし,設備の状態を把握しようという試みと比較すると,人は放置されたままのように思われる。安全を確保するためにはヒューマンエラーを防ぐことも大切であるため,今後は,人の状態を把握する技術の重要性が増すのではないだろうか。例えば,ストレス,眠気,集中力の程度がリアルタイムに把握できるようになれば,人や設備の安全確保に役立つはずである。

我々の研究グループでも,そのような技術開発に注力している。その1つに,てんかん発作の予知がある。発作が起こる前に,発作の発生を予知して注意喚起できれば,深刻な事故を防ぐことができるはずである。この技術の実現に向けて希望が持てる研究成果が出てきているが,そこで利用している方法は,先述のMSPCである。心拍変動解析の結果にMSPCを適用し,発作が起こらない状態を定義し,その状態からの逸脱を監視する。さらに,ウェアラブル計測機器を用いた眠気検知や疾病のスクリーニングなどにも取り組んでいる。

設備の状態のみならず,その設備を動かす人の状態をも把握できるようになることで,人を中心としたオートメーションが次のステージへと進むことを期待している。

著者紹介:
1992年京都大学工学部化学工学科卒業。1994年京都大学大学院工学研究科化学工学専攻 修士課程修了,助手に着任。1999年京都大学博士(工学)を取得した後,客員研究者として米国オハイオ州立大学に滞在。2004年同助教授。准教授を経て,2012年京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻教授。現在に至る。
専門分野は,プロセスシステム工学,プロセスデータ解析,プロセス制御,生体・医療データ解析。計測自動制御学会論文賞/武田賞,技術賞,教育貢献賞,日本鉄鋼協会計測・制御・システム研究賞,化学工学会奨励賞/内藤雅喜記念賞,J. Chem. Eng. Japan Outstanding Paper Award等を受賞。

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2016年04月に掲載されたものです。