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巻頭言:「人を中心とした」の発想に基づく人とシステムとの共創

椹木 哲夫
Tetsuo Sawaragi
京都大学大学院工学研究科
機械理工学専攻 教授
Professor, Department of Mechanicals Engineering and Science, Graduate School of Engineering, Kyoto University

我が国の科学技術施策の骨格をなす第5期科学技術基本計画では,世界に先駆けた「超スマート社会」の実現が目指されている。一方,オックスフォード大学のC. B. Frey and M. A. Osbornによれば,今後10~20年程度のうちに, 7割以上の業務が自動化される可能性が高い職種は全体の47%という予測もあり,AIによるテクノロジ失業が深刻な課題になりつつある。また,世界に先駆けて超高齢化社会を迎える我が国では,近い将来の労働現場と労働市場の大幅な変化に対して人が不適応を起こすことも危惧される。そこでは,働く人の健康・働きやすさ・働きがいを保証するQoW(Quality of Working)をいかに高く保てるかが鍵になる。今後の望ましい我々の社会の姿は,常に人が絡み合い,福祉や環境を取り込んで,人が育ち,商品を生みながら,限りなく改良・改善が成されていく社会システムの実現である。「人間力の持続性を保証できる社会」であり,人にとって「やさしすぎる」社会ではなく,人の側の主体的なコミットメントを引き出していける社会である。

自動化の導入を考える際の方針は,(1)自動化できない部分を人任せ,(2)人と自動化の分業,へと推移し,いまでは(3)人と自動化の協働,の段階へとシフトしている。このような「人中心」の発想の起源は北欧である。同じ欧州でもアングロ・サクソン流の考え方は随分異なり,その典型的なものにマニュアル徹底方式に基づくオペレーションがある。その本質は,Command, Control, Communication, Intelligence(CCCI)を核とし,階層的な指示系統で人間も環境も制御することができるという考え方にある。一方ドイツのラインラント流の考え方は,Craftsmanship, Connection, Trust and Inspiration(CCTI)を重視し,マネージャーは命令するのではなく分かり合って互いを信頼することに重きが置かれ,人は制御される対象ではなく不測の事態への効果的な応答が求められる。

ところで,京都大学名誉教授で哲学者・精神科医の木村敏氏によれば,西洋では世界や自然を客観的に観察することにより,これを「もの」として眺めることで自然科学や合理的世界観が発達してきたのに対して,「こと」の世界に対する静かな共通感覚的感受性こそ,欧米には見られない日本独自の心性であるという。「アクチュアリティ」と呼ばれるこの現実の様態は,絶えず現在進行形で動き続けている現実であり,それを自らのものとするためには,現実を突きつけられる側も常にそれに即応した動きの中に入り込むことができ,自分自身の心の動きによってそれに参加できなくてはならない。この行為的実践的な参加がスムーズに運べるようにするためのシステムこそ「人を中心とした」システムである。そこでシステムが人に提供すべき要件は,(1)自分の能力に対して適切な難易度のものに取り組める,(2)対象への自己統制感がある,(3)直接的なフィードバックがある,(4)集中を妨げる外乱がシャットアウトされている,の4要件である。これらはいずれも,これからの自動化が人のパートナーとして実現すべき要件であり失業への危惧も解消できる。このような人をループ内に残した制御系や監視系の作業環境をいかにデザインすべきかについて,本特集号では興味深い研究事例が紹介されている。

最後に, 1962年に当時の米国の大統領John F. Kennedyが残した言葉を引用したい。「我々は信じる。人間を労働から追い出す機械を新たに発明する才能があるのなら,その人間を労働へと戻らせる才能もまた人間にはあるだろう。」まさに今の時代に我々が突きつけられている課題であろう。

著者紹介:
1983年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。 1986年同大学院博士課程指導認定退学。京都大学工学部助手,工学研究科助教授を経て,2002年同教授,現在に至る。 1991~1992年米国スタンフォード大学客員研究員。京都大学工学博士。人間—機械共存環境下での協調システムの設計・解析と知的支援に関する研究に従事。ヒューマンインタフェース学会会長,システム制御情報学会会長,計測自動制御学会関西支部長,IEEE SMC 日本支部支部長,IFAC TC4.5.(Human Machine Systems) Vice-Chair,文部科学省中央教育審議会大学分科会専門委員,ほかを歴任。計測自動制御学会論文賞・著述賞,システム制御学会論文賞,日本知能情報ファジィ学会論文賞,市村産業賞貢献賞などを受賞。
著書に,知識システム工学(コロナ社,1991年),スキルと組織(国際高等研究所,2011年),アーティファクトデザイン(共立出版,2018年発刊予定)など。

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2018年04月に掲載されたものです。