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熱伝導率の温度特性を利用した天然ガス計測技術の開発

キーワード:天然ガス,LNG,発熱量,メタン価,カロリーメータ

近年、供給形態の多様化や環境保護への関心の高まりからエネルギーとしての天然ガスが注目されており、天然ガスやLNGの組成変動とそれに伴う発熱量などの各種指標を計測するニーズが高まっている。それらの要求に応えるべく天然ガス熱量計GasCVD™を開発した。GasCVDは発熱量のほかにもウォッベ指数、メタン価、密度などを出力することが可能であり、それぞれに対応した機種を用意している。
本稿ではGasCVDで採用している熱伝導率の温度特性を利用した天然ガス計測技術について紹介する。

1.はじめに

1.1 天然ガス市場の動向

現在,世界的に天然ガスの需要が高まっており,天然ガスを燃料とする発電所やガスエンジンなども増えてきている。一方で,天然ガスはメタンを主成分として,エタン,プロパン,ブタンなどの炭化水素と,窒素や二酸化炭素などの不燃成分からなる混合ガスであり,その産地により組成が大きく異なる。またLNGにおけるボイルオフガス混入の例のように,使用する際にガスの性状が変動することが少なくない。このため,燃焼機器や燃料機関の高効率化を考慮すると,リアルタイムでのガス組成の変動とそれに伴う各種指標(発熱量,ウォッベ指数注1,メタン価注2など)を把握することが必要となってきている。

注1 ウォッベ指数とは,燃焼器のノズルから噴出するガスの入熱量を示す指数。ガスの単位体積当たりの総発熱量を空気に対する比重の平方根で除した値である。

注2 メタン価とは,ガスエンジンのノッキングに対する抵抗性を示す指数。ガソリンエンジンでのオクタン価のようなものであり,数値が小さいほどノッキングが発生しやすい。算出法に関しては,経験則を基に複数の方式が提案されており,GasCVDではCEN規格とCARBに対応している。

1.2 天然ガス計測における課題

従来からある熱伝導式や振動式密度計測のカロリーメータは不燃成分が誤差要因となるため,窒素や二酸化炭素を含む混合ガスには対応し難い。また,周囲温度や圧力の変動も誤差要因であり性能に影響を与える。

ガス事業者では,主にガスクロマトグラフィーが使われており,こちらは不燃成分を含む混合ガスであっても高精度の計測が可能であるが,分析時間に数分を要しリアルタイムのモニタリングには対応できない。また,キャリアガス(ヘリウムガス)を用意する必要があることや高価なことなどの理由で普及は一部に限られている。

近年では,熱伝導率や密度など複数の物性値の組合せと発熱量との相関を利用した製品も市場に出回り始めているが,いずれもセンサを複数必要とし比較的高価なため普及が進み難い面がある。

1.3 GasCVDの特長

GasCVDは,出力更新周期2秒の高速応答で天然ガスの発熱量などを計測するフィールド機器である。天然ガスを構成する成分ごとに,熱伝導率の温度特性が異なる点に着目し,MEMS熱式センサの計測部位を5段階の温度に高速で変化させて,その時のセンサ信号から相関法で出力値として発熱量やメタン価を算出する。

センサ信号の処理には,当社独自に工夫したサポートベクトル回帰を応用した特性式を使用している。 この多点温度の熱伝導率を利用する新たな手法を採用することで,不燃成分を含む混合ガスの測定が可能となっており,またセンサ1個の使用で電気回路や演算処理がシンプルで済むことから低コスト化も実現している。

2.ガスの熱伝導率の測定

ここでは,MEMS熱式センサの構造とその駆動方法,気体の熱伝導率の測定方法について述べる。

2.1 MEMS熱式センサの構造

GasCVDには,当社で開発製造しているMEMS熱式センサを使用している。図1にセンサの構造図を示す。

図1 MEMS熱式センサの構造

センサは,シリコンチップ上で橋状の窒化シリコン薄膜を空中に保持した構造となっている。窒化シリコン膜は厚さが1μmと薄く,膜の中央部に白金蒸着膜で形成したセンサRhを設けてある。 膜厚が薄いので駆動電圧を変化させても数十ミリ秒の短時間で温度が安定する。また,センサの形状が大きいとガス密度の違いによって自然対流が発生し計測誤差の要因となるが,センサRhの面積は約100μm×300μmと発熱面積が非常に小さいことから自然対流の発生を抑えることができる。

2.2 センサの駆動方法

図2に,回路構成とセンサを駆動するタイミングを示す。 5段階の電圧が時系列的に切り替えられて,センサRhの発熱温度が変わるようになっている。この時のセンサ出力電圧をAD変換してセンサ信号とする。CPUは回帰式を使用して発熱量などの出力値に変換し, DA変換(DAC)を通じてアナログ電圧で出力する。

図2 センサ信号処理回路とタイミングチャート

2.3 熱伝導率と放熱係数の関係

センサ出力電圧Voutから,センサに印加する電力と温度上昇の関係を示す放熱係数を求めることができる(1)

放熱係数\(C\)は,次式で表される。

\(C=Ph/(Th−T_0)\)
(μW/℃)
式(1)

\(Ph\):センサに印加する電力 (μW)
\(Th\):センサの温度 (℃)
\(T_0\):周囲温度 (℃)

放熱係数はセンサからガスに熱が放散される程度を表しており,ガスの熱伝導率によって変化する

図3は組成の異なる23種類の混合ガスについて,実際に測定したセンサの放熱係数と組成から計算して求めた熱伝導率との関係である。放熱係数と熱伝導率は良い相関を示しており,センサ出力から熱伝導率が計測できることが分かる。

図3 放熱係数と熱伝導率の相関

以上の原理を利用して,センサの発熱温度を5段階に切り替えることで混合ガスの5つの異なる温度の熱伝導率を測定し,そのセンサ信号を入力値として,後述する特性式(サポートベクトル回帰式)によって出力値(発熱量など)を演算する。

3.センサ信号から出力値への変換

本節では,センサ信号から出力値を演算するために必要な特性式の同定手法と個々の製品ごとに適用するためのキャラクタリゼーションについて述べる。

3.1 天然ガス組成からの熱伝導率の算出

天然ガスの熱伝導率は,Lindsay-Bromleyの近似式(2)で求めた各成分の結合係数を使ってWassiljewa式(2)から算出している。これらは実験式であり近似誤差を持つが,図3に示すように放熱係数の実測値とよく一致する(1)

3.2 天然ガス組成からのセンサ出力の推定

図2に示す回路図で,センサに印加する電圧がV1の時,センサに印加される電力Phは式(1)から放熱係数Cとセンサ温度Thで表される。

\(Ph=V1^{2}/Rh=C(Th−T_0)\)
式(2)

\(Rh\):センサ抵抗(Ω)

また,センサ抵抗\(Rh\)は次式で表わせる。

\(Rh=Rh_{20}(1+\Large{a}_{20}(Th−T_0)+β_{20}(Th−T_{0})^{2}\))
式(3)

\(Rh_{20}\):20℃におけるセンサ抵抗値 (Ω)
\(a_{20}\):1次の抵抗温度係数  (ppm/℃)
\(β_{20}\):2次の抵抗温度係数  (ppm/℃)

式(2)(3)から熱平衡する動作点温度\(Th\)が求められる。 \(Th\)を再度式(3)に代入してRhを算出し,次式でセンサ出力電圧\(Vout\)を求めることができる。

\(Vout=V_1(1+R_1/Rh)\)
式(4)

この方式で任意のガス組成を計測した際のセンサ信号を算出するシミュレーションを開発し,特性式同定に活用している。

3.3 サポートベクトル回帰

GasCVDでは,非線形解析手法の1つであるサポートベクトル回帰を応用した特定式同定手法を用いている。その特長は下記となる。

(1)製品スペックに応じた誤差設計
組成から理論的に求め算出した出力値(発熱量など)を真値として同定を行う。この際に,出力値の誤差が設定精度以下となる最も滑らかな曲線の特性式を生成する。

(2)高速演算ができる特性式の構造設計
現場型工業計器に求められる低消費電力で測定周期が数秒の高速演算に対応する次数・項数の特性式を生成する。

3.4 特性式の同定

3.2のシミュレーションで算出したセンサ信号と組成から計算した真値から,サポートベクトル回帰によってセンサ信号と出力値の関係を所定の設定精度で実現する特性式を同定する。

特性式を同定するにあたっては,天然ガスの各成分が各々変動することを考慮し,対象とする組成範囲全域でのガス組成の組合せについて出力値の相関を確認する必要がある。

GasCVDの天然ガス仕様を例にすると,対象とする組成範囲は以下のようになる。

メタン   :80~100 mol%,
エタン   :0~11 mol%,
プロパン  :0~5 mol%,
ブタン   :0~2 mol%,
窒素    :0~7 mol%,
二酸化炭素 :0~2 mol%,

以上の6成分が各々1%刻みで変動した場合でも,数万種に及ぶ組成の組合せが存在する。組成数が膨大ですべての組成についてセンサ信号と出力値の相関関係を調べることは困難であることから,シミュレーションを活用して各組成の入出力値の相関を解析し,少数で組成範囲全体を代表できるガス組成の組合せを選定している(この代表的な組成のガスをSVRガスと呼称している)。 ここで選定したSVRガスのセンサ信号と真値を入力値として特性式を同定する。

図4は,天然ガス仕様の組成範囲を対象として選定したSVRガス(40種)による特性式の出力値の計算結果である。組成範囲全域に及ぶ500種以上の組成について確認を行っているが,SVRガス以外の組成の出力値もすべて設定の誤差範囲内(±1.2%RD)に収まっている。

図4 SVRガス40種による特性式の出力値の誤差

特性式は3次式(5変数)としている。
また,環境条件の変動に対して安定した特性式とするため,周囲温度や圧力の変動を考慮したデータを入力値として追加している。

3.5 キャラクタリゼーション

センサ特性のバラツキを持つ個々の製品に対して特性式を同定するには,実際にSVRガスを流して各製品のセンサ信号を得る必要がある。しかし数十種に及ぶ組成の混合ガスを用意し,データを取得するには多くの費用と工数が必要となり現実的ではない。

この問題を解決するために,GasCVDでは実ガスの測定を省略し,シミュレーションで算出したSVRガスのセンサ信号を各製品のセンサ感度に合わせて補正し,作成した補正データから特性式を同定している。

2.1で紹介したMEMSセンサはその物理的形状のバラツキが極めて小さく,抵抗温度特性の直線性も高いため,ガス組成が変動した際のセンサ信号の変化率を2つの基準ガスの間で正規化するとセンサの個体差がほとんど見られない。よって2種の基準ガスについてセンサ信号を測定すれば,式(5)から各SVRガスのセンサ信号を推定することが可能となる。

\(補正値=A ×{(E/C−1)×[(B/A−1)/(D/C−1)]+1}\)
式(5)

\(A\):基準ガス1のセンサ信号(各機体の実測値)
\(B\):基準ガス2のセンサ信号(各機体の実測値)
\(C\):基準ガス1のセンサ信号(計算値)
\(D\):基準ガス2のセンサ信号(計算値)
\(E\):各SVRガスのセンサ信号(計算値)

このようにシミュレーションによる計算値を補正してキャラクタリゼーションを行うことで,実際にSVRガス組成の混合ガスを用意する必要がなくなる。これによって特性式を同定する際にSVRガスの数を無制限に増やすことが可能となり,より広い組成範囲について適合性の高い安定した特性式が同定できるようになっている。

4.測定結果例

図5はC1~C6の炭化水素とN2およびCO2からなる異なる組成のテストガス40種類について,GasCVDによる計測値と組成から計算した真値を比較した結果である。発熱量(SCV)は精度±1.5%RD以下,メタン価は精度±3以下で計測できている。

図5 テストガスの計測結果

また,図6および図7には,5本のテストガスについての周囲温度(−10℃~50℃)と大気圧(983hPa~1043hPa)が変動した際の計測値の誤差変動を示す。周囲温度や大気圧が変化しても安定して計測できている。

図6  周囲温度および大気圧変動時の誤差変動(SCV)周囲温度特性(±30℃),大気圧変動特性(±30hPa)は, ともに±0.2%RD以下

図7  周囲温度および大気圧変動時の誤差変動(メタン価)周囲温度特性,大気圧変動特性ともに±0.5以下

5.計測システム例

図8に計測システムの例を示す。GasCVDはこれまでの熱量計に比べてコンパクトで小さなスペースへの設置が可能である。機器内にパーツとして組込むことも検討されている。

図8 GasCVDのシステム例

6.おわりに

センサ温度を5段階に切り替えることでガスの多点温度の熱伝導率を計測し,さらにセンサ信号から出力値への変換方法を工夫することで,MEMSセンサ1個で精度よく天然ガスの発熱量やメタン価を計測することができた。

今後,ガス市場には大きな変革が予想されており,天然ガスやLNGの発熱量などのパラメータを測定する需要と重要性はますます大きくなってきている。市場のニーズを的確にとらえ,高精度で種々のパラメータを計測できる製品を開発していきたいと考えている。

<参考文献>

(1) 大石安治,「MEMSセンサを用いた天然ガスの熱計測技術と展望」,計測自動制御学会 第57回自動制御連合講演会(2014年)

(2) 日本機械学会,伝熱工学資料(改訂第3版),1975,(312)

<商標>
GasCVDはアズビル株式会社の商標です。

<著者所属>
濱口 竜一 アズビル株式会社 アドバンスオートメーションカンパニー IAP開発部 

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2018年04月に掲載されたものです。