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居住者に「快適」を提供する温冷感リクエスト型空調の開発

キーワード:快適性,温冷感リクエスト

居住者の環境満足度の向上のために、居住者からの「暑い(涼しくしてほしい)」「寒い(暖かくしてほしい)」といった温冷感リクエストに対応して室温設定値を適切に変更する空調システムを開発した。システムを実建物に導入し、居住者のリクエスト履歴を解析するとともに、アンケートを実施した。アンケート結果では90%以上の居住者から、このような空調方式に違和感はないとの回答を得た。また、「暑い」「寒い」という相反するリクエストが、30分以内に発生する頻度は少なく、リクエストに対して後優先で対応する方式が居住者に受け入れられると判断する。

1.はじめに

環境満足度は,オフィスで働く人(以下,オフィス居住者)の生産性に影響を及ぼす。環境に対する満足度が高いほど,作業成績が高く疲労が少ない。また,同じ温熱環境でも自ら調整した環境の方が(環境選択権がある方が)満足度が高いという結果が報告されている(1 )(2 )(3)。ただし,環境満足度を向上させるために温度設定値を居住者に開放すると,個人的な感情により極端に低い温度に設定されてしまうなどして適切な設定にならず,ほかの居住者の不満足やエネルギーの浪費につながる可能性もある。

これらの課題を解決するため,居住者が好みの室温を設定する代わりに,「暑い」「寒い」といった今の温冷感をリクエストできるようにする。そして,空調システム側で,その温冷感ニーズを満たすような設定温度を決定し,制御する温冷感リクエスト空調 (以下,温冷感空調)を開発した。

2.システムの概要

はじめに,システム構成とシステムの基本的な動作を説明する。

2.1 システム構成

システムは,当社で従来から提供しているクラウド型のテナントサービス機能の上で実現している。入力手段としてカード型の専用端末を試行開発した。

2.1.1 クラウド型テナントサービス

クラウド型のテナントサービスは,空調の温度設定やスケジュール予約をWeb画面から投入する機能を持つ。そこで,温冷感空調システムは,温度設定機能に代わる入力方式として,温冷感をリクエストする機能を選択できる。つまり,居住者はWeb画面(図1)で,従来の温度設定の代わりに,「暑い(涼しくしてほしい)」「寒い(暖かくしてほしい)」というリクエストを入力する。

図1 テナントサービス機能のダッシュボード

クラウド型では,リクエストに対応するための演算をするサーバーをクラウド上に配置する(図2)。入力端末としては,通常のPC用のほか,スマートフォンも想定しており,専用画面も用意している(図3)。

図2 クラウド型システム構成

図3 スマートフォン用の画面イメージ

2.1.2 カード型専用端末を用いたシステム

PC,スマートフォンの場合,ブラウザの起動とログインも含め,自分の場所を選択してリクエストボタンを押すまでの操作が煩雑になる。自分の場所を登録する機能を付けるなどで,ある程度の短縮は可能だが,セキュリティの観点からログイン操作が省略できないなど限界がある。そこで,思ったら即座にボタンを押せるカード型の専用端末を試行開発した(図4)。専用端末は,BLE注1という通信方式を利用し受信機を通じてリクエストを伝達する。個人が社員証などと一緒にカードケースに入れて持ち運べることを想定し,クレジットカード等の一般のカードサイズよりも小さく(70mm×35mm 厚さ3.3mm)した。また,直感的に操作しやすいようにデザインを工夫している。カード型システムでは,受信機と空調機を対にしておく。リクエストがあったときには受信強度の最も強い受信機に対応する空調機の設定を変更するようにする。こうすることで,居住者は空調機の位置を意識することなく,最も近い空調機に温冷感をリクエストできる。

図4 カード型の専用端末

図5 専用端末対応時のシステム構成

このシステムの場合,受信機を現地の天井に設置する必要がある。そのため図5に示すように,受信信号の処理も含めて,ロジック演算用のサーバーはお客さまの建物内に設置する。結果の可視化,設定画面のユーザーへの展開が必要な場合には,クラウドシステムとデータやり取りする。お客さまのリクエスト方法への要望に応じて提供するシステムを変更する。

注1  BLE (Bluetooth® Low Energy):Bluetoothと比較して,省電力かつ省コストで通信や実装を行うことを意図して設計された通信方式

2.2 温冷感リクエスト対応空調制御

2.2.1 リクエストへの対応動作

「暑い」リクエストを受けた際の,設定値の変更方法の例を図6に示す。リクエスト受付後,室温設定値を下げる際,一時的に設定値を大幅に下げた(図中①)後に所定の設定値とする(図中③)。設定値を大幅に変更し,風を最大限に増やすことで,居住者のリクエストにより早く反応することを狙っている。

複数の人が「暑い」「寒い」の相反するリクエストを出した場合は,最後のリクエストを優先する後優先方式をとっている。一定時間の多数決をとる方式も考えられるが,その場合,即応性が悪くなってしまう。また,本システムを適応するVAV空調方式の場合,局所的に極端な温度の温風・冷風が当たる可能性がないため,同じ空調エリア内では,相反するリクエストが同時に発生する可能性が低いと考えられる。そのため,即応性を優先し,後優先方式を採用した。

図6 暑いリクエストに対するシステムの挙動

2.2.2 リクエスト内容の判別

食事後や,外出先からの帰社後は,代謝量が上がっており一時的に暑く感じることが多い。その人・その時間固有の「暑い」というリクエストに応えて設定値を下げたのち,そのまま放置され,代謝量が落ちたときに寒くなってしまうということも起こりがちである。そこで,そのリクエストを一時的なものか,恒久的なものかを判別し,一時的なリクエストである場合には,設定値を一定時間経過後に元に戻す機能を持たせている。一時的/恒久的の判別方法としては,環境情報による判別方法,時間帯による判別方法を用意している。これらの2つの方法は組み合わせて利用できる。

環境情報による判別法の簡易的な例を図7に示す。実際には不快指数や体感温度で判別するが,この例では説明を分かりやすくするために,温度による判別方法で説明する。まずは判別に利用する「判別温度」をあらかじめ設定しておく。暑い(室温が判別温度よりも高い)環境で「暑い」という要求が来た場合には,恒久的なリクエストであると判別する。逆に,既に涼しい(室温が低い)環境で「暑い」という要求がきた場合,その要求はその人固有の要求であり一時的なリクエストであると判別する。

図7 環境情報による一時/恒久リクエストの判別

時間帯による判別法の例を図8に示す。出勤直後や昼食後など,人の行動により代謝量が一時的に変化している時間帯のリクエストを一時的なリクエストであると判別する。一時判別時間帯は,建物ごとに管理者が設定することを想定している。

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図8 時間帯による一時/恒久リクエストの判別

3.評価運用

2015年8月から当社藤沢テクノセンター第100建物(居住者数約1000名)にシステムを導入し,評価運用を継続している。利用者のリクエスト結果や,実施したアンケート結果を元に考察する。

図9 建物外観

表1 建物概要

建物アズビル(株)藤沢テクノセンター第100建物
用途事務所ビル
建築面積2,810㎥
延床面積17,918㎥
対象人数約1000人(カードシステムは4階のみ約200名)
空調方式VAV注2式セントラル空調
1フロアあたり,約2000㎥,
空調機4台, VAVゾーン16箇所

注2  VAV (Variable Air Volume):可変風量制御。ゾーンごとに風量を変更して室内温度を制御する空調方式

3.1 居住者の反応

居住者へのアンケート結果の解析結果を示す。まず,温冷感をリクエストする空調システムが,従来と比較して良いかどうかを尋ねた結果を図10に示す。結果として,94%の人が良いと回答した。理由としては,「肌で感じる感覚で操作できるのは良い」「暑さ寒さの感じ方は人それぞれなので,自分の感覚を主張することは妥当だと思う」という回答があった。本システムのように温冷感により制御する方法は居住者に受け入れられるといえる。

図10 温冷感空調について

リクエストをしたことがある人を対象に,リクエストした後にリクエストどおりにシステムが反応し,環境が改善したかどうか尋ねた。結果を図11に示す。59%の人が改善することがあったと回答している。一方で,全く効果がないと回答した人も12%いる。リクエストに応じて設定値を変えるシステムなので,空調システムが既に最大能力で運転している場合など,改善しないこともある。システムがどのように反応したのかをフィードバックできることが望ましい。

図11 リクエストへの反応について

また,ほかの居住者のリクエストに対する反応をどう感じるかについて尋ねた結果(図12),「気にならない・分からない」が84%と最も多く,「代わりに操作してくれて満足している」の9%と合わせると,ほかの人のリクエストによる設定変更を気にしないという意見が90%以上の結果となった。ほかの人の操作に不満の人は3%と少なく,実際に操作をしない人にも抵抗感なく許容されていることが分かった。

図12 他人のリクエストについて

最後に,今後の運用として,温冷感空調方式と従来からの運用方式(壁の設定器により設定値を変更する方式)とのどちらが望ましいかを居住者に聞いた。全体では温冷感空調を望む人は58%と,従来の運用を望む人の8%より大幅に多い結果であった。操作したことのある人とない人に分けて,集計した結果を図13に示す。操作をしたことがある人では65%の人が,操作をしたことがない人でも50%の人が温冷感空調システムを肯定的に考えている。「人の体感で制御できる」ことや,「自席で操作できること」が好感を得ていた。

図13 今後の運用について

3.2 リクエストの傾向

居住者からのリクエスト状況を確認する。図14にリクエスト種別(暑い・寒い)に分けて月ごとのリクエスト数および,平均外気温度を示す。なお,カードシステムを導入した4階の結果のみを表示している。外気温度が高い夏期にリクエスト数が増える傾向がある。また,全体的に,「暑い」というリクエストが多い傾向が確認できる。「暑い」場合よりも「寒い」場合の方が,着衣など各自の調整で対応しやすいため,居住者の温冷感許容範囲にも違いがあるためと考える。

図14 リクエスト数の推移

リクエストに対する設定値変更は,最後のリクエスト内容に反応する後優先方式を採用している。そのため,各居住者の感じ方の違いにより「暑い」「寒い」が同時に発生すると,設定値変更が居住者の希望どおりに変化しない。そこで,「暑い」「寒い」というリクエストが,同時に発生する頻度を調査した。そのために図15のように,同一の空調エリアで前回とリクエスト内容(「暑い」「寒い」)が異なったリクエストの割合を用いて評価した。全体のリクエストのなかで, 88%以上が前回と同様のリクエストであり,30分以内に前回と異なるリクエストが発生した割合は3%にとどまっている。よって,VAV空調方式では短時間で相反するリクエストが発生する可能性が低く,後優先方式でも居住者の希望に反することはまれであるといえる。

図15 前回のリクエストと異なる割合

リクエストに応じて設定値を適切に変更するシステムではあるが,システムがリクエストの傾向を把握し,リクエストが発生する前に適切な環境をつくり出せれば,居住者により適切な環境を提供できる。そこで,リクエストの発生傾向を解析するために,夏期(6月~9月)・中間期(4月,5月,10月,11月)・冬期(12月~3月)ごとに,時刻とリクエスト数の相関を確認した。結果を図16~図18に示す。なお,本建物では勤務開始時間は8:30であり,昼食は12:00~12:45である。駅から徒歩15分の場所にあり,歩いて通勤する人も多い。

図16 時刻とリクエスト発生数の相関(夏期)

図17 時刻とリクエスト発生数の相関(中間期)

図18 時刻とリクエスト発生数の相関(冬期)

夏期は,出勤後時間帯7:30~8:30頃および,昼食後の時間帯に,「暑い」リクエストが多いことが確認できる。中間期は夏期ほどではないが,同様に出勤後と昼食後15:00までのリクエストが増えている。よって代謝が上がっている出勤後と昼食後の室温を低めに設定しておくことは居住者の快適性向上につながると考えられる。冬期は,リクエスト数は少なくなるが,午前中「寒い」リクエストが多く,14:00頃になると逆に「暑い」リクエストが多くなる。午前中に室温を高くしすぎない方がよい。

ここではフロア全体の傾向をまとめて示したが,系統ごとに傾向が異なることも確認している。居住者にとってより快適となる空間をつくり出すために,場所による温度のムラや外気温度の違い等の要因を考慮した,系統ごとの制御手法の提供に取組んでいく予定である。

4.おわりに

環境満足度の向上のために考案した温冷感空調システムを実建物に適用し,居住者の反応を確認した。アンケート結果では94%の居住者から,このような空調方式に違和感はないとの回答を得た。実際の操作をした/しないにかかわらず,従来運用よりも温冷感空調システムでの運用を望む居住者が多数を占めた。

また,「暑い」「寒い」という相反するリクエストが,30分以内に発生する頻度は少なく,ほかの居住者のリクエスト操作に対し「気にならない・分からない」「代わりに操作してくれて満足している」が高い水準であることから,リクエストに対して後優先で対応する方式が居住者に受け入れられると判断する。

今後は,リクエスト結果を居住者や管理者へフィードバックする仕組みを構築するとともに,リクエスト傾向を学習しリクエストに先立って快適な環境を提供する仕組みを開発していく。1年間の運用結果から,夏期・中間期には朝の出社後や昼食後に,また冬期は午後から「暑い」リクエストが増加する傾向があることを確認した。

今回開発した温冷感空調は,居住者からの反応も良く,居住者の快適性向上に貢献するものと確信している。これからもグループ理念である「人を中心としたオートメーション」の下,建物の居住者の快適性向上に貢献する製品を開発していきたい。

<参考文献>

(1) 川口 玄 他:室内環境における知的生産性評価(その8)採涼手法の導入による温熱環境満足度の向上が知的生産性に与える影響, 空気調和・衛生工学会学術講演論文集, 2008, 2015-2018

(2) 野部達夫:快適と省エネの両立を目指して, NEDO,ZEB・ZEHの最新動向の調査分析ならびに普及に向けた取り組みに関する検討(成果報告会)http://www.nedo.go.jp/content/100528958.pdf

(3) 空気調和・衛生工学会 温熱環境委員会 我慢をしない省エネへ -夏季オフィスの冷房に関する提言- 報告書, 2014

<著者所属>
大曲 康仁 アズビル金門株式会社 ITソリューション本部ITソリューション開発部
水高 淳 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーワークプレースソリューション部
太宰 龍太 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー マーケティング本部プロダクトマーケティング部
伊藤 卓 アズビル株式会社 ITソリューション本部ITソリューション開発部

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2018年04月に掲載されたものです。