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居住者の温冷感情報を活用する新しい快適性評価技術の開発─個別単位の環境満足度を評価する

キーワード:快適性,環境満足度モデル,温冷感申告,室内環境,モデリング

国際標準の快適性評価指標は大人数を前提とした平均的指標であり、個々人の温冷感の違いは反映されにくい。よって、空調環境におけるさらなる居住者満足度の向上を目指すには、居住者の実際の感じ方を反映した環境評価が必要となる。本技術は、空調システムに蓄積された居住者の温冷感申告データと室内環境データを活用し、それらの関係性を環境満足度モデルとして構築することにより、居住者の感じ方に基づく環境評価を実現する。実オフィスにおけるモデル生成試行を行った結果を報告するとともに、モデルの活用例について述べる。

1.はじめに

オフィス空間の快適性や環境満足度は室内環境の質を決定づける要因であり,環境満足度は居住者の知的生産性にも影響をおよぼすことが報告されている(1)。また近年,執務環境の改善,知的生産性の向上,優秀な人材確保等の観点から,働く人の健康性や快適性に優れた不動産への注目が国際的に高まっており,これに適合する建築物の認証制度について,国土交通省が検討を進めている(2)。働き方改革などの社会動向も加わり,これらは居住者満足度の高い温熱環境へのニーズにつながっている。

一方で,居住者の温冷感(暑い/寒い)の感じ方は人によって異なるため,実際のオフィスには,同じ温熱環境でも暑いと感じる居住者や寒いと感じる居住者が混在している。建物内の快適性評価にはISO7730に示される温熱快適指標PMV(Predicted Mean Vote:予測平均温冷感)が使用されることが多いが,PMVは1300名以上におよぶ被験者実験の結果を統計的に処理した平均的な指標であり,個々人の感じ方の違いは反映されにくい。そこで,実オフィス居住者の環境満足度をより一層向上させるための空調ソリューションとして,実際の居住者が自身の温冷感(暑い/寒い)の感じ方をWEB画面や専用端末を通じて空調制御ループに逐次フィードバックする温冷感申告空調が提案されている(3) (4)。この手法は自身の環境を自ら変更できるという環境選択権(5)の観点からも居住者の満足度向上が期待できる。

筆者らは,複数の居住者で構成される空調ゾーンなどのグループ単位(個別単位)を対象に,温冷感申告情報と,温冷感が申告された時点の室内環境情報(温度,湿度等)との関係をデータモデル(環境満足度モデル)として構築し,居住者グループごとの温冷感による満足度合いを定量化する快適性評価技術の開発を行った。実オフィスを対象とした環境満足度モデル生成の試行実験も行ったので報告する。

本稿ではまず,2章において標準的温冷感と実際の居住者の温冷感の違いについて述べ,3章において実オフィスの温冷感申告情報を利用する場合の課題と対策・環境満足度モデルの技術コンセプトについて説明する。そして,4章においてモデル生成に必要な訓練データの生成手順を示した後,5章において,実オフィスでのモデル生成試行実験の結果と,生成したモデルを活用した環境評価シミュレーションの事例を提示する。

2.標準的な温熱快適指標と実際の感じ方

2.1 温熱快適指標PMV

ISO7730で標準化されている温熱快適指標PMVは, 人体と周囲環境の熱平衡状態を人の温冷感に結びつけた指標である。算出方法やプログラムはANSI/ASHRAE Standardでも公開されているので本節ではPMVの概要を説明する。

熱平衡状態を示す人体の熱負荷(体内蓄熱量)\(L\)は,人体からの発熱量である代謝量\(M\)と,人体と周囲環境との対流・放射・蒸散による放熱量(\(C\),\(R\),\(E\))注1によって決定される(図1,式(1))。

注1  C,Eはそれぞれ呼吸による放熱量を含むとする

\(L=M-(C+R+E)\)
式(1)

ここで,
\(L\):人体の熱負荷 W/m²
\(M\):代謝量 met ※1.0met=58.2W/m²
\(C\):対流による放熱量 W/m²
\(R\):放射による放熱量 W/m²
\(E\):蒸散による放熱量 W/m²

PMV は,式(1)の熱負荷と,これを統計的な温冷感の感じ方に変換する関数\(G(M)\)を使用して式(2)で算出される。ここで,\(C\),\(R\),\(E\)は,居住者周辺の空気温度\(Ta\),湿度\(RH\),平均放射温度\(Tr\),風速\(v\)の4つの物理環境パラメータと,人側のパラメータである代謝量\(M\),着衣量\(Icl\)(着衣の断熱性を示す)に基づいて算出することができるので,これらの6要素がPMV算出のパラメータとなる。

\(PMV=G(M)×L\)

\(=Fpmv(Ta, Tr, v, RH, M, Icl)\)
式(2)

ここで,
\(G(M)\) = 0.303×exp (-0.036 M)+0.028
\(Fpmv\):PMV関数,\(Ta\):空気温度 ℃,
\(Tr\):平均放射温度 ℃,\(v\):風速 m/s,\(RH\):湿度 %,
\(M\):代謝量 met,\(Icl\):着衣量 clo

PMVは無次元の-3≦PMV≦+3の範囲で定義され(-3:「非常に寒い」,+3:「非常に暑い」)(6),マイナス側は寒い側,プラス側は暑い側,PMV=0は暑くも寒くもない状態を示し, -0.5≦PMV≦+0.5が快適域とされる。また,任意のPMVの環境に対し,不満足・不快さを感じる人の割合PPD(Predicted Percentage of Dissatisfied:予測不快者率)は次式で算出される。

\(PPD=100-95×exp(-0.03353×PMV^{4}-0.2179×PMV^{2})\)
式(3)

図1 人体と周囲環境

図2 PMVとPPD

2.2 居住者の実際の感じ方

前述したPMVやPPDは平均的な感じ方を示す指標であるため,実際のオフィスで働く人々の感じ方が必ずしも一致するとは限らない(図3)。PMVでは「快適」と評価される環境であっても,実際の居住者の「暑い」「寒い」という感じ方は平均的な感じ方と異なるケースも多い。

図3 温冷感の感じ方の違い

3.環境満足度モデル

3.1 室内環境と温冷感申告データの活用

居住者の実際の温冷感(TSとする)と標準的な感じ方を示すPMVとの対応関係が分かれば,任意のPMVのときの実際の居住者の温冷感を推定することができる(図4)。温冷感申告空調の導入現場では,居住者自身の温冷感が温冷感申告情報として空調システムにフィードバックされ,この温冷感申告情報に基づき,居住者の快適性を向上させる側に空調制御の目標値が変更される(4)。この居住者温冷感申告情報は,空調運用管理のために蓄積されている温湿度などの環境情報とともに,システム側に蓄積することが可能である。もう一方のPMVは環境情報に基づいて算出できるので(代謝量と着衣量は標準的な値や計測値等を適宜採用する),温冷感申告情報と環境情報とから,どのようなPMVのときに居住者がどのような温冷感であったのかを知ることができる。

図4 PMVと実際の温冷感の対応

3.2 実オフィスの温冷感申告情報の課題

本節では,温冷感申告空調で蓄積される温冷感申告情報を利用する場合の主要な2つの課題について説明する。

3.2.1  情報の質の課題:温冷感申告情報の分解能

図4に示したような対応関係をモデル化する場合,実際の温冷感TS情報(図4の縦軸)は「寒い」「暑い」の強度の情報をより詳細に収集する必要がある(7)。しかし,実オフィスで執務を行いながら居住者が行う温冷感申告を,温冷感強度の数値による申告や,細かい段階を設けた申告(ex. 7段階の例:「非常に寒い」「寒い」「やや寒い」「暑くも寒くもない」「やや暑い」「暑い」「非常に暑い」)とすると,居住者が自身の感じ方の選択に迷ったり,温冷感申告自体を躊躇することが予想され,現実的とはいえない。一方,段階を設けない通常の温冷感申告情報は「寒い」「暑い」それぞれの申告の有/無という情報であり,関係モデルの構築には充分な分解能が得られない。

3.2.2  情報量の課題:温冷感申告数の確保

居住者が実際に執務を行っているオフィスでは 「暑い」「寒い」と感じても,忙しいなどの理由で申告が出ないことが多い。さらに,居住者周囲の環境変動の範囲が温冷感申告の出方に影響することにも注意が必要である。図5は空調ゾーンごとに10分間隔で算出したPMV値の出現頻度(回数)を示した実オフィスのデータ例である(2017年夏季1カ月間,就業日,就業時間)。空調ゾーンによってPMVの分布形状や上下限値が異なることが分かる。出現頻度が少ないPMV領域では温冷感申告は出にくくなり,上限値を超えて出現頻度が0となれば,暑い環境にも関わらず「暑い」温冷感申告は出ない。例えば,Z3ゾーンのPMV上限値PやZ1ゾーンのPMV上限値Qより暑い領域では,Z3ゾーン,Z1ゾーンの各々で「暑い」温冷感申告のデータは得られないことになる。

図5 空調ゾーンの環境頻度

3.3 個別単位の環境満足度モデルのコンセプト

本節では,3.2で述べた課題対策と環境満足度モデルのコンセプトを説明する。

3.3.1 情報の質の課題対策 ー環境満足度モデルー

温冷感の違いを反映するデータモデルは非線形関数となる可能性も高く,分解能が粗いとモデル構築はやはり難しい。そこで,複数の居住者を1つのグループ単位(個別単位)とし,温冷感申告を行う居住者の人数が,このグループの周囲環境への満足度合いとみなせる点に着目する。つまり,PMVと温冷感TSとの直接の対応関係ではなく,個別単位を対象として,PMVと,温冷感TSに起因する(温熱的な)環境満足度合いの関係に着目する。対象とする申告者グループの単位(個別単位)は任意に設計可能であるが,空調ゾーンを個別単位として,これらの関係モデルが構築できれば,温冷感による満足度が定量的に把握され,ゾーンごとに快適な空調制御を実現する重要な情報を得たこととなる。

さらにここで,「暑い」「寒い」温冷感申告は不快の解消への要望であることから,基本のモデル関数には予測不快者率PPDの関数(式(3),図2)を用い,PMVとこれに対応する温冷感申告者率(以下,PPV : Predicted Percentage of Votedとする)のデータに基づいてPPD関数を修正する。図6にPMVとPPVのデータで修正したモデルのイメージ図を,式(4)にPPVモデルの基本関数を示す。同じPMVの環境でも「暑い」と感じる申告者率は個別単位ごとに異なり,暑さに敏感な(ex. 暑がりが多い)個別単位では「暑い」申告者率がより高く,暑さに寛容な(ex. 寒がりが多い)個別単位では「暑い」申告者率がより低くなり,個別単位ごとの感じ方の違いをモデルとして表現することが可能となる。

\(PPV=a−b×exp(c×(PMV−e)^{4}+d×(PMV−e)^{2})\)
式(4)

ここで、
\(a\),\(b\),\(c\),\(d\),\(e\)は探索パラメータ

図6 環境満足度モデル

さらに,「暑い」申告情報による「暑い」側のモデルと「寒い」申告情報による「寒い」側のモデルを異なるモデルとする注2ことで(図6下図),「暑い」側と「寒い」側の感じ方が非対称となることも許容する。本技術では「暑い」側と「寒い」側の数式モデルをともに環境満足度モデルとするが,説明を分かりやすくするため,以降の説明や試行実験結果は「暑い」側の環境満足度モデルについてのみ説明する。

注2  式(4)に対し,「暑い」側モデルはPMVeでPPV=a-bとして各々のモデルのa,b,c,d,eを探索する。

3.3.2 情報量の課題対策 ー温冷感申告ラッチ法ー

実オフィスを想定した居住者の温冷感申告と,申告発生時点のPMVの対応関係を求めて,申告者数を算出するイメージを図7に示す(居住者P1~P4の「暑い」申告の処理例)。3.2.2で述べたように,「暑い」温冷感申告の出方が居住者の忙しさや環境頻度に依存すると,PMVと「暑い」申告者数は単調増加の関係にはならず(図7(A)破線の丸印,図7(A’)に実オフィスのデータ例も示す),2.1で述べたような,人体の熱負荷量と温冷感との温熱生理的な妥当性が確保できない。

そこで,本技術開発では,申告者ごとに温冷感申告を補完する温冷感申告ラッチ法を考案した。この手法による申告者数の算出イメージを図7(B)に示す。申告ラッチ法では,各々の申告者が「暑い」申告を行った最も小さいPMV(図中のPMVstart)よりもPMVが大きい領域(PMV ≧PMVstart)では,その申告者から実際に温冷感申告がされていなくても,申告が継続して行われているとみなす。これにより,PMVと「暑い」申告者数の単調増加の関係を維持して,温熱生理的な妥当性を確保する。

図7 申告者数の算出

4.訓練データの生成

本節では,環境満足度モデルの構築に利用する訓練データ生成手順の概要について説明する。

図8 訓練データ生成フロー

図8は,温冷感申告情報とPMV情報を加工して訓練データを生成する処理フローの一例である。温冷感申告情報は,[申告日時,居住者ID,温冷感申告]の蓄積データであり,居住者が在席する個別単位(空調ゾーンなど)は居住者IDによって特定できるとする。PMV情報は,代謝量・着衣量(対象建物や居住者,季節の代表値)と,蓄積された時系列の環境計測情報(温度,湿度など)を用いて演算した[計測日時,PMV]のデータとする。

訓練データは,モデリング対象とする個別単位における特定の温冷感申告(「暑い」あるいは「寒い」)ごとに生成する(複数の個別単位や温冷感申告に対してモデリングを行う場合は同じ処理を個別単位ごと・温冷感申告ごとに繰り返す)。

対象とする任意の個別単位を空調ゾーンAとし,モデリング対象とする温冷感申告を「暑い」とすると,図8に対応する各手順は以下のようになる。

① 温冷感申告情報の抽出:温冷感申告情報から空調ゾーンAに在席するすべての居住者IDの「暑い」申告のみを抽出する(図8 データ統合後の情報例 青破線内)。
② PMV情報の抽出:PMV情報から空調ゾーンAの情報のみを抽出する
③ データ統合:①の申告日時に対応する②の計測日時のPMVを統合する(図8 データ統合後の情報例)。
④ PMVごとの申告者率演算:居住者IDごとに「暑い」申告を行ったPMV値を抽出し,温冷感申告ラッチ法(3.3.2)によりPMVに対する申告者数を求める。この申告者数を空調ゾーンAの居住者人数で除算して申告者率とし,訓練データ(図8 訓練データ例)とする。そして,この訓練データを利用して,汎用の最適化手法で式(4)の探索パラメータを決定し,環境満足度モデルとする。

5.モデリング試行実験

温冷感申告空調を運用中の実オフィスを対象に環境満足度モデル生成の試行実験を行った。モデルを生成する個別単位は,室温制御の単位であるVAV(Variable Air Volume)ゾーンとした。以降では,試行実験の概要,対象期間の温熱環境および温冷感申告データの概要,モデリング結果,モデルの活用事例について説明する。

5.1 試行実験の概要

5.1.1 対象建物

 当社藤沢テクノセンターの事務棟5階を対象とした。建物概要を表1に示す。

5.1.2 空調制御(4) (8)

フロアの執務者227名(男性194名,女性33名)には温冷感申告用のカード型専用端末が配布され,自席の執務中に任意のタイミングで温冷感申告(「暑い」「寒い」「快適」の3モード)を行うことができる。温冷感申告を受信した空調システムは,「寒い」申告に対しては設定値を0.5℃上げ,「暑い」申告に対しては即時対応として10分間2℃下げた後に設定値を1.5℃戻す設定値の変更を行う。

5.1.3 空調ゾーニング

対象フロアの空調ゾーニングを図9に示す。東西・南北に2分割した4つの空調機区分(NW, NE, SE, SW)に対し,東・西の外壁からフロア内部に向かって室温制御単位であるVAVゾーン1~3が配置されている(各VAVゾーンを[空調機区分-VAVゾーン番号]と記述する)。各VAVゾーンの居住者人数を表2に示す。男女比率はフロア全体の比率(男性85%,女性15%)とほぼ同等で,ゾーン間のばらつきは小さかった。

表1 建物概要

建物A社事務棟(7階建て)
所在地神奈川県藤沢市
用途事務所ビル
建築面積2,810㎡
延床面積17,918㎡
居住者数約1,000人
空調方式VAV式、セントラル空調

表2 各ゾーンの居住者人数

VAVゾーン番号居住者人数VAVゾーン番号居住者人数
NW-120SE-114
NW-235SE-219
NE-321SE-39
NE-114SW-114
NE-227SW-226
NW-325SW-33

図9 空調のゾーニング

5.1.4 室内環境のデータ

空気温度・相対湿度は,BAS(Building Automation System)に収集されている各VAVゾーンの制御用温度センサの計測値,および空調機ごとの還気湿度計測値を使用する。平均放射温度注3算出のため,各ゾーン壁面の表面温度を赤外線アレイセンサにて計測した。また,フロア内数点で風速を計測し,0.1m/s以下の静穏環境であることを確認した。

注3  平均放射温度は,室内6方位の壁面表面温度と,各ゾーン中心位置の人体と壁面との形態係数から以下の式で算出した。形態係数算出はASHRAE standard 55-2010に準拠するツールを利用した。\(T_r=∑^{6}_{N-1}=T_N\cdot F_P-_N\)  ここで,\(T_r\):平均放射温度 ℃, \(T_N\):N面の表面温度 ℃,\(F_P-_N\):N面の形態係数。

5.2 実オフィスの温熱環境と温冷感申告

夏季1カ月間(2017/8/21~9/20,就業日22日)の就業時間帯(8:00-18:00)における温湿度計測値とPMVの統計値を表3に示す。全VAVゾーンの平均PMV(Predicted Mean Vote)は0.3±0.1と快適域(±0.5以内)であった。ここで, PMVの演算パラメータは,平均風速0.1m/s,着衣量と代謝量は夏季オフィスを想定した0.5clo,1.0metとし,各VAVゾーン壁面の表面温度から平均放射温度を算出した注3。 VAVゾーンごとのPMV統計値と「暑い」申告数を図10に示す。

表3 オフィスの温熱環境 統計値

平均値±標準偏差最大値最小値
空気温度226.5±0.5℃28.7℃24.9℃
相対湿度62±5 %77%45%
PMV0.3±0.10.8-0.2

図10 PMV統計値と期間中申告数

5.3 実オフィスの環境満足度モデル

5.3.1 環境満足度モデルの生成

夏季1カ月間(2017/8/21~9/20,就業日22日)の「暑い」温冷感申告とPMVデータ注4から4章の手順により訓練データを生成し,各VAVゾーンの環境満足度モデルを構築した。また,ゾーン間の比較基準として,フロア全体を1つの個別単位としたフロアモデル(居住者数227名)も生成した。モデルパラメータの同定には最小二乗法に基づく汎用の最適化手法を利用した。なお,モデリング対象のVAVゾーン数は,ゾーン人数が極端に少ないSW-3(居住者人数3名)を除外して11ゾーンとした。

注4  PMV演算パラメータは5.2と同様としたが,代謝量は,事業所スケジュールにより居住者の代謝量が出勤や昼食後で増加する時間帯(~9:30,12:00-13:30)のみ1.2metとして算出した(9)

5.3.2 空調ゾーンごとの環境満足度モデル

各VAVゾーンの環境満足度モデルを図11に示す。モデリング対象とした11のVAVゾーンすべてと,フロア全体のモデル(破線,各VAVモデルの図で共通)が生成でき,各VAVゾーンのモデル特性が異なっていることが確認できる。

特性の異なるモデルを重ねて比較してみると,例えば,図11(B)の左図では,形状は類似していても「暑い」申告が発生し出すPMV(図中丸印)や,「暑い」申告者率PPVの飽和値が異なっていることが確認できる。また,図11(B)の中央図では,PMVが遅れて立ち上がったSW-2のPPVが, PMV=0.5付近でSE-2のPPVを追い越している。PMVに対するPPVの傾き(ΔPPV/PMV)は,PMVの増加に伴ってどれだけ「暑い」申告者率が増加するか,つまりは,各ゾーン居住者の「暑い」感じ方の敏感さを示しており,SW-2はこの傾斜が大きい(図中破線はPMV=0.5の各々の傾きを示す接線のイメージ)。さらに,図11(B)右図では,PMV=0.4の環境で3ゾーンのPPVはおよそ10%,20%,30%と,同じPMVで「暑い」申告者率PPVに差異があることが分かる(図中丸印)。ここで,PMV=0.4は,風速v=0.1m/s,湿度RH=56%,着衣量Icl=0.5clo,代謝量M=1.0met,放射影響が少ない(平均放射温度Trが空気温度と等しい)とすると室温27.0℃に対応する。

図11 VAVゾーンごとの環境満足度モデル (※すべて横軸:PMV,縦軸:PPV)

5.4 環境満足度モデルによるシミュレーション

5.3で生成したVAVゾーンごとの環境満足度モデルは様々な室内環境の検討に利用できる。本節では,いくつかのシミュレーション事例を報告する。

5.4.1 環境変化に対する居住者の感じ方の違い

図11(B)右図の解説で示したように,各VAVゾーンを同じPMV環境に空調制御した場合のPPVのシミュレーションが可能である。図12内の表の数値はPMV=0, PMV=0.3の時の各VAVゾーンのPPV試算値を,グラフはPMVを0から0.3に変化させた場合の各VAVゾーンのPPVの増加量を示している(グラフのPPV値は,表の数値の1の位を四捨五入して,PPV増加傾向をゾーン間で比較しやすくしている)。PMV=0ではPPV=0%あるいは10%,PMV=0.3ではPPV=20%あるいは30%となっているゾーンが多いが, NW-2のようにPPVがほとんど変化せず,居住者負担が少ないまま,より暖かい省エネルギー環境を許容できるゾーンや,SW-1のようにPPVが大幅に増加し,居住者の快適性を大きく損なうゾーンがあることが分かる。

図12 PMV=0, 0.3のPPV

5.4.2 PPVを目標値とする室温設定値の検討

「暑い」申告者率であるPPVを任意の同じ値とする室温設定値のシミュレーションも可能である。例えば図13のように,各VAVゾーンのPPVを20%とする環境のPMV (PMV_20%とする)を各々の環境満足度モデルから逆算し(図中丸印),このPMV_20%に対応する空気温度Ta_20%を5.3.2(図11(B)右図の説明)で示したように算出すればよい。

各VAVゾーンのPPVを10%とするPMV_10%を求め,各々のPMV_10%に対応する室温を推奨室温設定値(0.5℃単位の概数)として試算した結果を図14に示す。室温の試算では,5.2で述べた環境条件と表3の相対湿度平均値を使用してv=0.1m/s, RH=62%, M=1.0met, Icl=0.5cloとし,TrはTaと等しい(放射影響が少ない)とした。図14を見ると,各VAVゾーンのPPVが10%となる室温設定値は, 25.5℃が2ゾーン,26.0℃が5ゾーン,26.5℃が3ゾーン, 27.0℃が1ゾーンと一律ではなく,最大1.5℃の幅がある。

ここで,PMV_10%の全ゾーン平均値PMVである 0.1(上記試算条件の室温換算値で約26.1℃に相当)に全ゾーンを一律に制御した場合の各ゾーンのPPVを試算してみる(図15)。NW-1やSE-1のゾーン居住者のPPVが20%に近いのに対し,NW-2やSW-2ではPPVは0%付近であり,同じ環境に対するゾーン間の温冷感の違いが大きいことが分かる。図14のようにモデルに応じてゾーン居住者に適した室温設定値を設定することで,環境満足度が極端に低い(「暑い」申告者率が極端に多い)VAVゾーンがないような空調の制御設定値を検討することができる。

図13 PPV一定時のPMV (※横軸:PMV,縦軸:PPV)

図14 PMV_10%と推奨室温設定値)

図15 PMV=0.1(室温換算値26.1℃相当)で一律制御した場合のPPV

6.まとめ

居住者の実際の温冷感の感じ方を反映する室内環境評価を実現するために環境満足度モデルを開発した。実オフィスの空調システムから収集した温冷感申告と環境情報を利用してVAVゾーンごとの環境満足度モデルを生成し,これを活用したシミュレーションにより,各ゾーン居住者の温冷感に適した制御設定値を設定することで,空調環境を一定の品質(環境満足度)に維持できる可能性を示した。今後は,環境満足度を目標値とする空調制御の検証実験や,省エネルギーと環境満足度との最適制御,居住者負担の少ないデマンドリスポンス方策などへの活用検討を進めていきたい。なお,長期に渡る実オフィス収集データの分析検討により,環境満足度モデルは季節推移とともに変化することが分かっている。モデル更新の適切な周期や自動更新手法について検討を進めている。

<参考文献>

(1) 川口玄,西原直枝,羽田正沖 他:室内環境における知的生産性評価(その8)採涼手法の導入による温熱環境満足度の向上が知的生産性に与える影響,空気調和・衛生工学会学術講演論文集Ⅲ:2015-2018, 2008.8

(2) 国土交通省 健康・快適なビルを認証へ ~健康性,快適性等に関する不動産に係る認証制度のあり方についてのとりまとめ~:,2018/12/10参照

(3) 立岩一真,村澤達:次世代空調システムに向けた「8つのトライ」 -クラウドを利用した温冷感申告型空調システムの検討-,空気調和・衛生工学会学術講演論文集Ⅲ: 37-40, 2016.9

(4)大曲康仁,太宰龍太,鈴山晃弘 他:温冷感申告対応空調システムの実証試験,空気調和・衛生工学会学術講演論文集:41-44, 2016.9

(5) 空気調和・衛生工学会 温熱環境委員会:我慢をしない省エネへ -夏季オフィスの冷房に関する提言- 報告書,2014

(6) Joyce Kim, Yuxun Zhou, Stefano Schiavon, et al.: Personal comfort models: Predicting individuals’ thermal preference using occupant heating and cooling behavior and machine learning, Building and Environment 129(2018) 96-106

(7) 大曲康仁,水高淳,太宰龍太 他:居住者に「快適」を提供する温冷感リクエスト型空調の開発,アズビルテクニカルレビュー:25-30,2018.4

(8) Lai, Guokun, et al., Modeling long-and short-term temporal patterns with deep neural networks, The 41st International ACM SIGIR Conference on Research& Development in Information Retrieval., ACM, 2018.

(9) 三浦眞由美:室内環境制御とHuman in the Loop,第61回自動制御連合講演会:388-392,2018.11

<著者所属>
三浦 眞由美 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
上田 悠   アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
宇野 侑希  アズビル株式会社 AIソリューション開発部
太宰 龍太  アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部IBシステム部

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2019年04月に掲載されたものです。