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安定した湿度校正を実現する低露点発生装置の開発

キーワード:露点, 湿度計測, 発生装置, 低湿度, 校正

アズビルでは計量法校正事業者登録制度(JCSS:Japan Calibration Service System)が確立される以前から,常温 常湿付近の湿度に関する計測設備を構築しトレーサビリティを確保してきた。湿度製品の仕様範囲拡大に伴い,低湿度 (常温での相対湿度が概ね10 %以下)の領域についても設備を導入しトレーサビリティ確保を続けてきた。しかし最初に 導入した低露点発生装置は偏りやばらつきなどが目標の性能に達せず高精度な測定が行えなかったため,より精度良い 校正を効率良く行うことを目的に新たな装置の検討をすすめ,偏りとばらつきの少ない低露点発生装置を開発した。

1.はじめに

アズビルでは1980年代よりビル空調の湿度計測用に相対湿度計などの湿度関連製品を製造販売してきたが,時代とともに建物市場だけではなく工業市場でも湿度計測の要求が高まり,より高い精度を求められるようになった。

一方1993年に計量法が改定されJCSSがスタートしたが,湿度分野のJCSS確立は比較的遅く第1号の校正事業者が登録されたのは2001年である。アズビルでは1980年代より計量研究所(現在の産業技術総合研究所)から湿度の標準供給を受け,2004年にはJCSS校正事業者としても登録され,湿度関連製品のトレーサビリティ注1と精度の確保を行っている。

湿度のJCSSが確立した当初,産業技術総合研究所(以下, 産総研)により標準供給される範囲は常温常湿範囲であったが,その後徐々に広がり産業界のニーズに対応している。アズビルでも製品仕様範囲の拡大に伴い,低湿度や高湿度の領域を校正できる設備も構築し,幅広くトレーサビリティ確保と製品精度維持に対応している。

3章で述べるように,精度良くまた効率良く校正するためには試料空気の偏りとばらつきが小さいことが必要である。本稿ではJCSS校正事業者であるアズビル技術標準部計測標準グループ(以下, 当グループ)が保有するいくつかの設備の中から,特に偏りやばらつきが小さく安定した試料空気を作るのが難しい低湿度領域の校正設備(低露点発生装置)について,その原理や試料空気を安定させるための施策と開発した設備の性能について述べる。

注1, 注2 詳しくはTechnical Review 2022年4月発行号「正しく測るための社内基盤整備」をご覧ください。

2.湿度・露点の計測および校正方法

低露点発生装置の説明の前に,一般的な湿度と露点の計測方法と,湿度計測に露点を用いる理由,および当グループにおける露点計校正方法について説明する。

2.1 湿度・露点の計測方法

「湿度」とは空気中に含まれる水蒸気量を表す言葉であるがその表現方法はJIS Z 8806:2001(1)にも記載されているとおり,混合比(kg/kg)やモル分率(mol/mol),絶対湿度(kg/m³),相対湿度(%),露点(℃),飽和水蒸気圧(Pa)など様々である。その中で相対湿度は,対象となる空気内に存在できる水蒸気量の最大値(飽和水蒸気量)と実際に存在している水蒸気量の割合を百分率で表したもので,単に「湿度」と呼ばれることも多く最も日常的に使われている。

一般的に相対湿度は物質が湿気を帯び,その度合によって何らかの物理量が変化し,それを検知することで計測される。かつては毛髪が湿気によって伸び縮みすることで湿度の測定をしていたことはよく知られている。現代では物質の抵抗値や容量値など電気的な特性の変化を利用する相対湿度計により,精度良い計測が可能になった。

一方,空気の温度と露点から相対湿度を求める方法がある。露点とは,空気中の水蒸気が空気の冷却により飽和し,凝結して水になる(結露)温度である。図1に示すように飽和水蒸気量は温度と1対1の関係にあるため,空気の温度と露点を測定することで,その空気の飽和水蒸気量と実際に含まれる水蒸気量を知ることができ,両者の比率から相対湿度を求めることができる。この方法は相対湿度計を用いた湿度計測に比べ,応答性の遅さや操作性の複雑さはあるものの,より高精度に測ることができる。

図1 温度と飽和水蒸気量,露点の関係

露点を測定する計測器のうち最も高精度なものに光学式鏡面冷却露点計がある。一般的にこの露点計は内部に小さな鏡があり,鏡を冷却することで取り込んだ試料空気を鏡面に結露させ,その状態を光学的に検知して,この時の温度を露点として測るものである。露点を小数点以下2桁で測ることができ,これにより相対湿度を0.1 %の桁で正しく測ることができる。

このように相対湿度を高精度で再現性良く測定する場合や,相対湿度計を校正する場合には露点を用いることが欠かせない。アズビルでは開発や生産での高精度な測定には露点計を用いており,これらの露点計を精度よく校正することが必要となっている。

2.2 露点計の校正方法

当グループでは露点計の校正を図2のように,標準となる露点計(以下,標準器)と校正対象となる露点計に任意の露点の試料空気を並列に導入し,それぞれの露点計の指示値を比較することで行っている。

試料空気の流路となる配管等の表面は,可能な限り乾燥させた状態で校正に臨む必要がある。もし配管表面に吸着していた水蒸気が校正中に脱気してしまうと,試料空気中の水蒸気量が増えてしまい露点に影響するからである。そのため,配管には吸着しにくい素材のものを使い,事前に十分な時間乾燥空気を流して,水蒸気量が少ない露点から多い露点に移行し校正している。また,露点計への試料空気導入のための流量制御器やポンプを露点計より下流に配置することでできるだけ脱気が影響を及ぼす箇所を減らしている。

校正では生成する試料空気ができるだけ目標とする露点で安定していることが重要である。次章よりこれを実現するための低露点発生装置の開発について述べる。

図2 校正方法イメージ

3.低露点発生装置の開発

3.1 発生装置の重要性

当グループでは高精度な校正を行うため,試料空気の露点の偏りが±0.1 ℃の範囲内でかつ校正中のばらつきが±0.02 ℃の範囲で安定していることを目標としている。 例えば発生装置で生成される試料空気の露点が校正したい露点から大きく離れると,その露点で校正したとは言い難い。また特に低露点は,空気中に含まれる水蒸気量が少ないため,露点計の試料空気が導入される部分の表面積や鏡の大きさ,鏡面を冷却する能力や制御性などにより応答性に大きな違いが出やすい。そのため発生装置が生成する試料空気は,設定した露点で長時間安定している必要がある。

2.1節の図1からわかるように,温度が低いほど水蒸気量の傾きが緩やかになっている。すなわち試料空気の露点の偏りとばらつきを目標の範囲内に入れるためには,露点が低いほど水蒸気量を精密にコントロールする必要がある。発生装置の性能が低いことで水蒸気量のわずかな変化を再現性良くコントロールできない場合,試料空気の露点の偏りを目標の範囲内に入れるために繰返し微調整が必要になる。また試料空気のばらつきが小さく安定したタイミングを選んで校正しなくてはならず,多大な時間を要することになる。

このように,精度の良い校正を効率よく行うためには発生装置の性能が重要となる。

3.2 湿度の発生装置原理

目標とする水蒸気量を含む空気を安定して精密に生成する装置としては,JIS B 7920:2000(2)にあるように,二温度法,二圧力法,二温度二圧力法,分流法などがある。

今回開発した装置では,水蒸気量が少ない試料空気を作るのに比較的適している分流法を採用した。 分流法による発生装置とは,相対湿度0 %の空気(以下,乾燥空気)と100 %の空気(以下,飽和空気)を混合して目標の水蒸気量を含む空気を生成する装置である。混合する比率を変えることにより含まれる水蒸気量を任意に決めることができる。

乾燥空気は一般的に,乾燥窒素ガスを利用するか,圧縮空気を乾燥器に通し乾燥させて生成する。飽和空気は,乾燥させた空気を水中に通すことで水蒸気を与え飽和させて生成する。

分流法を用いて実現する装置のイメージを図3に示す。飽和空気を生成するための水を入れた槽は飽和槽と呼ばれ,この槽を通った飽和空気と槽を通らない乾燥空気とを,最終的に混合させて試験槽に試料空気を生成している。

図3 分流法による湿度の発生装置イメージ

分流法による発生装置が生成する試料空気の水蒸気量は以下の式により求めることができる。

\(d={e}_s({t}_d)=\frac{{M}_v}{RT}\)
…式(1)

\({e}_s ({t}_d)=\frac{{p}_t{γe}_s ({t}_s)}{{p}_s−(1−γ){e}_s ({t}_s)}\)
…式(2)

\(γ=\frac{{q}_w}{{q}_w+{q}_d}\)
…式(3)

\(d\):水蒸気量(g/m³)
\({e}_s (t)\):温度\(t\)における飽和水蒸気圧(Pa)
\({t}_d\):露点(℃)
\({M}_v\):水のモル質量(g/mol )
\(R\):気体定数(J/(K・mol))
\(T\):温度(K)
\({t}_s\):飽和槽温度(℃)
\({p}_t\):試験槽内の圧力(Pa)
\({p}_s\):飽和槽内の圧力(Pa)
\(γ\): 飽和槽に流入する乾燥空気の流量と乾燥空気の全流量との比
\({q}_w\):飽和槽に流入する乾燥空気の流量
\({q}_d\):飽和槽を通らない乾燥空気の流量

式(1)(2)からわかるように試料空気の水蒸気量は,飽和側乾燥流量と乾燥空気全流量との流量比(以下,飽和側流量比),飽和槽の温度と圧力,試験槽の圧力に依存する。そのほかにも乾燥空気の乾燥の程度,飽和空気の飽和の程度も試料空気の水蒸気量に影響する重要な要素である。

3.3 初期導入装置の性能

低露点用の露点計を校正するため,最初に導入した市販の装置も分流法による発生装置であった。この装置は,飽和槽に温度制御機能がなく,使われている流量制御器の制御性・再現性が当グループが目指す精度を満たしていなかった。この装置での実施例として露点-50 ℃の測定結果を図4に示す。安定までに時間がかかり,安定後も目標値から0.2 ℃以上高い露点である。このように,低露点では市販されている発生装置でも安定した試料空気の生成が難しいことがわかる。

図4 初期導入装置の試料空気露点

3.4 開発した低露点発生装置

試料空気の偏りとばらつきの目標を再現性良く達成させるため,分流法により新たに低露点発生装置の開発に取り組んだ。開発した装置の概要を図5に示す。 目標達成のための重要要素である乾燥空気の管理,流量の制御性向上,飽和空気の生成について説明する。

図5 低露点発生装置概要図

3.4.1 乾燥空気の管理

図6 乾燥空気の生成

低露点の試料空気生成にあたり,その第一段階として最上流にある空気は高い乾燥状態が必要となる。そのためこの乾燥空気の生成は図6に示すように2段階で行い,乾燥空気の水蒸気量を相対湿度0.001 %以下に抑えている。しかしこの乾燥工程が不十分な場合,最終的に生成する試料空気の露点は目標より高く偏ることになる。乾燥器内の乾燥剤は通過する空気の水分を徐々に吸着し,いずれ湿気ってしまう。その結果仮に乾燥空気の相対湿度が0.01 %まで増えると,目標とする露点が-50 ℃の場合,0.5 ℃ほど高い露点の試料空気になってしまう。これを防ぐため,生成した乾燥空気の露点を乾燥モニタ用露点計で監視し,十分な乾燥が認められない場合は乾燥剤を再生させ,乾燥空気を管理している。

3.4.2 流量の制御性向上

3.2節で述べたように,分流法による発生装置の基本的な原理は,飽和空気と乾燥空気の混合比率であるため,それぞれの流量制御器の再現性やばらつきの程度が重要になる。そこで開発した低露点用発生装置ではアズビルのデジタル式の気体質量流量コントローラ (形 MQV□□□)を採用した。

開発した装置で開発した装置で生成する試料空気の露点範囲は-50 ℃から-10 ℃で,この範囲の飽和側流量比は0.00682から0.495である。この流量比を乾燥側流量制御器1台と飽和側流量制御器1台の計2台で精度よく実現するのは難しい。そこで,飽和側でレンジの違う流量制御器複数台を目標露点に合わせて切り替えることで目標露点との偏りを小さくしている。

また自社製品を使うことにより,電磁バルブ開閉の発熱の影響や,使用するレンジなどについて,低露点発生装置の仕様に合うよう変更や改造を行い,流量制御のばらつきを抑え再現性を向上させた。 その結果,再現性が良くばらつきの小さい飽和側流量比を得ることができた。

3.4.3 飽和空気の生成

生成した乾燥空気を均一で過不足なく飽和させるため,飽和槽に対して次の施策を行った。

(1)飽和槽で生成する空気の飽和不足への対策
飽和槽内の水量に対して流れる空気量が多い場合,飽和槽で生成する空気が目標温度の飽和状態に達しない(飽和不足)場合がある。水中を通る気泡が大きく水を通る時間が短い場合には気泡内が飽和に達する前に水中から出て流れてしまうからである。また蒸発熱による飽和槽内の水温低下によっても飽和不足がおこる。これは,乾燥空気が飽和槽を通る時,飽和槽内の水が乾燥空気に水分を奪われ,その蒸発熱によって飽和槽内の水温と通過する空気の温度が低下することで,目標温度の飽和状態に達しないためである。
これらの飽和不足を解消するため,図7に示すように飽和槽を2段設けることで,水を通る時間を増やしている。そして,1段目の飽和槽温度とそこに流入する空気温度を目標より高い温度で制御することで蒸発熱による水温低下を補っている。さらに,2段目の飽和槽を水槽に入れ,この水温を目標温度(図7では23 ℃)に精密に制御することで,2段目飽和槽に流れてきた空気の水蒸気量が目標より多い場合でも,2段目飽和槽内の水中で凝結させ取り除くことができ,安定した過不足ない飽和空気を生成している。

図7 飽和槽周辺

(2)飽和槽内壁面の水滴付着による影響への対策
開発当初,飽和側流量が特定の範囲の際に露点が不安定になる現象が起きており,検討の結果,2段目飽和槽内の水面より上の壁面への水滴のつき方が影響していることがわかった。
飽和槽内の水を通過する空気は気泡となって水中を上に移動し,水面から飛び出す際に割れて水滴が弾け飛ぶ。飽和側流量が少ない時には弾け飛ぶ水滴は少なく,飽和槽内壁面は乾いた状態であるが,飽和側流量が増えるにつれ壁面に付着する水滴が増えていく。装置の開発当初は2段目飽和槽の水温のみを制御していたため飽和槽内の水と水面より上の空気に温度差が生じ,壁面に弾け飛んだ水滴が蒸発することで全体の水蒸気量が増え露点に影響していた。(1)の対応で実施した2段目の飽和槽を水槽内に入れることでこの温度差を解消し生成する試料空気の露点を安定させることができた。
また気泡が弾ける際に発生するミストが,乾燥空気との合流部より先まで流れていき,そこで水蒸気になるのを防ぐため,水面上部にメッシュ状の板を設置してミストが届かないようにしている。
2段目の飽和槽を設置した水槽の温度安定性を図8に示す。精密に制御することで±0.001 ℃の安定性を実現している。

図8 水槽温度の安定性

(3)水蒸気の均一な混合
飽和側流量が少ない場合,配管から飽和槽の水中に出てくる空気は水圧に負けて不連続になる。2段目の飽和槽の水面に出てくる気泡が不連続になることにより,乾燥空気と合流する飽和空気量が変動し試料空気の水蒸気に濃淡ができる。これを解消するため流路の配管太さに変化をつけた。水蒸気が濃い箇所どうしの距離は,細い配管内では離れているが,配管が太くなることで流速が遅くなり近くなる。さらに配管が太くなる箇所では空気の渦ができるためこれを利用して攪拌し水蒸気の濃淡の均一化を図った。乾燥空気との攪拌も同時に行えるよう乾燥空気との合流後の経路に対策を実施した。
これらの対応により,生成する飽和空気の偏りとばらつきを小さく抑えることができるようになった。

3.5 低露点発生装置の能力

開発した低露点発生装置で露点-50 ℃の試料空気を生成し,測定した結果を図9に示す。この図から目標の露点-50 ℃に対して偏り・ばらつきともに小さいことがわかる。

図9 開発装置の発生露点

この装置を用いて参加した2018年度の露点計の技能試験注2の結果を図10に示す。参照機関である産総研の校正結果(参照値)との差はほぼなく,大変良好な結果が得られた。エラーバーは当グループの拡張不確かさである。 2022年1月現在,当グループはこの低露点範囲で最も不確かさの小さいJCSS校正事業を展開している。

図10 技能試験の結果

4.おわりに

様々な施策により,偏りとばらつきが小さく再現性良い試料空気を発生させる装置を開発することができた。 この背景として,低露点発生装置の性能を決める流量計に自社製品が使えたこと,当グループが流量,温度,圧力のJCSS校正事業者であり,それぞれの計測の専門家がそろっていること,そして計測制御機器メーカーとしての技術があることが強みとなったと考えている。

図11に示すように,現在当グループの露点のJCSS登録範囲は-50 ℃から85 ℃で,JCSS校正可能な露点の幅は135 ℃である。これは湿度の登録事業者12事業者の中で最も幅広い範囲となっている。今回の低露点発生装置の開発経験を活かし,今後は同じく自社開発した高露点発生装置の改良にも取り組み,低露点から高露点までの幅広い範囲で精度よく校正できる体制を整えていきたい。

図11 計測標準グループのJCSS登録範囲

<参考文献>

(1)JIS Z 8806:2001

(2)JIS B 7920:2000

<著者所属>
中垣内 直美 アズビル株式会社 技術標準部計測標準グループ

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2022年04月に掲載されたものです。