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新クリーンルームの設計コンセプト

独創的MEMSセンサの効率的な市場導入促進に向けて

キーワード:クリーンルーム,MEMS,MEMSセンサ,開発,開発効率,生産性,安全

2022年9月,アズビルは藤沢テクノセンターにMEMSセンサの開発拠点として地上3階建3フロアの新たなクリーンルームを竣工させた。このクリーンルームは独創的なMEMSセンサを効率的に開発し,開発完了後は速やかに量産に移行することを目的としている。順次導入される各種装置群により,今後のアズビルの計測と制御を担う技術開発の基盤となると同時にクリーンルーム建設と装置導入に携わることで成長した若手技術者達とともに,今後も長期にわたりアズビルの新時代の事業を担っていくことが期待できる。

1.はじめに

MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)という呼称が生まれる前の1986年に,神奈川県藤沢市にある藤沢工場(現:藤沢テクノセンター)で産声を上げたアズビルのMEMS開発は,クリーンルーム竣工によりMEMS実現の要素技術を獲得し数年でビルシステム向け温湿度センサの生産を開始した。1990年代前半にはマイクロフローセンサ™(l)(2),ピエゾ抵抗式圧力センサ(3)(4),ビル空調向け湿度センサ(5)と生産拡大を目的としたクリーンルームの拡張を実施し,その後,サファイア圧力センサ(6)(7),磁気角度センサ等の品種追加,さらにはMEMSセンサ特有のウエハプロセス以降のパッケージングプロセス拡充のためクリーンルームを順次拡張してきた。

一方,以前より市場ニーズは堅調だったMEMS関連市場も近年のブームとも呼べるIoT,DXの取組みに対して種類,量だけでなく,一層独創性のあるMEMSセンサが求められるようになっている。アズビル事業の根幹とも呼べる分野でより早期に,より高品質の製品の供給を実現できる開発環境を整備する必要性が,現在量産中のMEMSセンサの生産能力の向上および装置の更新と併せて高まってきた。

また,東日本大震災,度重なる強烈な台風の上陸,集中豪雨などこれまでの想定を超える自然災害の発生に対しても,事業継続ができるクリーンルーム機能の確保が不可欠となってきた。

以上の背景により,アズビルMEMSセンサの開発・生産拠点として,今後長期にわたり市場に製品を継続的に供給できる施設の獲得を目的に,新クリーンルームの建設に踏み切ることとなった。

2. 独創的な新MEMSセンサの効率的市場導入のための課題

アズビルは,ビル市場と工場市場向けを中心に,計測と制御を基軸としたソリューションを提供してきた。計測機器のキーコンポーネントであるMEMSセンサの供給源であるクリーンルームも市場ニーズに合わせた拡張を行ってきた。しかし,MEMSセンサも近年各ユーザーのDX推進のため,従来にない計測と多岐にわたる計測データの提供が求められるようになってきており,様々な用途に合わせた仕様でかつ短納期での開発要求が高まっている。世界のMEMS市場は2021年から2026年までに8.7%の年平均成長率を記録し,189億米ドルに達するという予測もある(8)。その高まる要求に応えるため,既存の製品群においては高品質を維持したまま拡大する需要に対応するために増産を続け,なおかつ新製品においては効率的に短期間で開発していく必要がある。さらに開発した新製品は短期間で安定生産に移行する必要がある。これらの課題を解決し,市場ニーズに対応するために新規クリーンルームを保有することが必須となった。

3.課題を達成するための目標と実現結果

3.1 新MEMSセンサ開発環境の整備

アズビルは1980年代後半にMEMS開発に着手して以来,新規MEMSセンサ開発を継続してきた。開発および生産の拡大に伴い現在のクリーンルームは拡張を繰り返してきたが,これ以上の拡張が困難となり,また今後の新規MEMS開発に必要となる装置の設置環境の整備,設置スペースを十分に確保する必要があった。

今回アズビルが開発・生産用として建設したクリーンルーム棟は建築面積1,336m²,3階建て延べ面積4,217m²を確保し,クリーンルームの設置できるエリアを2F,3Fの2フロアに確保した。まずは2Fフロアからクリーンルーム化を行い,優れたMEMSセンサを開発・製造する装置を順次導入設置していく。3Fには今後の動向に合わせフレキシブルにクリーンルームがレイアウトできるよう,また順次最適な装置を導入設置できるよう将来スペースとして確保している。1Fには,クリーンルーム稼働に必要なユーティリティ設備を設置し,さらにセンサをはじめとした計測機器の校正等を担う計測標準室を準備した(9)。 図1にクリーンルーム棟の外観、図2に断面イメージを示す。

計測標準室では,空間のクリーン度管理に加え温度,湿度,気圧の精密制御をアズビルの空調技術により実現している。

図1 新クリーンルーム棟の外観写真

図2 新クリーンルーム棟の断面構成イメージ図

3.2 既存量産品の発展的継続

産業用途を柱に商品・サービスを提供しているアズビルのMEMSセンサ(図3)は,一度採用されると長期間にわたり供給し続けることが求められる。アズビルのMEMSセンサ搭載製品は対象市場の動向に合わせ非常に使用期間は長く,例えば,産業向けの計測の基本である圧力発信器などは既に約半世紀,比較的新しいといえるマイクロフローセンサもすでに約30年にわたり市場への供給を続けている。同じ製品群でも長期に供給し続ける間に新たなアプリケーションが生じるケースも稀ではなく,全体として生産量は一般的なMEMS市場同様に増加傾向になっている。それに対応するためには,開発効率だけでなく,量産性の向上の面でも製造装置を刷新する必要がある。

図3 アズビルMEMSセンサと製品群

現在MEMSセンサ搭載製品の需要拡大に対応し安定供給を行うため,生産性がさらに向上し,量,質ともに安定した生産を可能とするアズビルのMEMSプロセスに適合した装置を選定し導入を開始した。従来装置で課題となっていた機能を抽出し,メンテナンス性も含め要求仕様へ反映している。特に搬送時のウエハ汚染を防止するための搬送機構やオペレータの操作設定ミスを可能な限り防止するマンマシンインターフェースを具備していることも重視し装置選定を行っている。

3.3 ニーズにマッチした製造装置の計画的導入

3.3.1 装置導入方針

MEMSセンサの製造プロセスは,半導体製造プロセスの応用として捉えることができる。しかしながら,MEMSセンサプロセスは半導体プロセスに要求されるクリーン度,微細加工だけでなく,シリコンの3次元加工技術や材料の機械特性を利用するアスペクト比の高い加工,異種材料の高精度な接合等MEMS特有の加工プロセスがある。このような技術を実現できる装置の活用が短期間での開発と量産化の鍵となる。また,長期にわたり開発・生産を継続できる装置を選定することも必須である。これら特有の機能を実現できる装置の選定を行い,順次導入を開始している。

3.3.2 開発効率,生産性の向上

作業効率,品質向上の観点からウエハのハンドリングはオートローダーを基本とする。製造プロセス条件の設定においては,1条件の実施に数時間を要するプロセスも多い。実験効率の向上には複数条件を同時に設定し,連続自動プロセスが可能な観点で装置を選定している。

3.3.3 EES(Equipment Engineering System)の有効活用

高品質な製造プロセス実現にはプロセスデータのオンライン活用が有効な手段となる。プロセス装置の不具合は発生前の予兆段階で検知し対処することでダウンタイムを最小限に抑制することが可能となる。そのためには各プロセスでの加工データはオンラインで自動収集,分析,出来栄え状態の推定がなされ,次工程にフィードバックする必要がある。

アズビルは2000年代から工業市場の顧客向けに実績を積んできたEES(10)を有効に活用できる仕組みもノウハウも蓄積している。

近年は,主として時系列プロセスデータが中心になるEES領域で,従来の人手による特徴量抽出手法に加え,Dynamic Time Warping(DTW)を適用した製造プロセスの出来栄え推定も可能になった(11)(12)

さらに,早くからセンシングした信号をできるだけ迅速に,その場で加工し利用するローカルコンピューティング(13)の概念を導入し有効性を実証してきた。センサの信号から直接異常信号を検知できる試み(14)もその1つであり,サンプリングレートの高い音響や振動データに対するオンラインでの周波数解析(15)の活用も実現している。

3.4 耐震性の強化と浸水対策

新クリーンルームは神奈川県藤沢市にある藤沢テクノセンター内に建設した。長期の安定稼働を実現するためには,首都圏直下型地震や巨大台風,局地的な豪雨を想定した備えが当然ながら重要となる。

まず耐震性については,建物の耐震グレードとして最新技術の「上級」を採用した。このグレードの採用によりクリーンルーム新棟は震度6強程度の大規模地震があっても,甚大な被害を回避でき,高い事業継続性を実現できた。

次に浸水対策については,地震による大津波発生への対策だけでなく,近年の局地的集中豪雨よる近隣河川氾濫による被害も想定しておく必要がある。このため,主力の製造プロセス装置が設置されるクリーンルームのフロアは2F以上とし,1Fのグランドレベルについても防潮設定レベルT.P. +7.48とした(16)。これにより,現在想定し得る水害からの被災を回避することが可能となった。

3.5 動線の効率化と開放的で安全な作業環境の実現

1980年代後半に開発をスタートし,新技術の獲得,量産性の向上両面からこれまでのクリーンルームは拡張を繰り返してきた。その結果,クリーンルーム内の人の動線,室内の物品の流れが複雑化してしまい,余計な運搬作業等による品質低下の懸念も高くなってきている。新クリーンルームでは,このような課題を一掃するため,動線を効率化するとともに,閉空間を極力少なくする環境の実現にも配慮した。

クリーンエリアの壁/扉を可能な限り削減するとともに,気流の制御を工夫することでエリアごとの必要なクリーン度を確保できるようにした。この結果,動線がシンプルとなり使い勝手を大きく改善できた。

図4 クリーンエリアの壁を削減

クリーンルーム内は気密性を確保する必要があるため,基本的には密閉空間となる。そのため機械音,空調音等がオペレーターの身体的,心理的なストレスとなりがちである。少しでも作業者の心理的な解放感を満たすため,直接外が見える窓を設置するなど,業務中の充足感を高められるようにしている。また,クリーンルーム外から内部の様子を確認できる窓の設置にも配慮し,安全面だけでなく社外のお客さまの見学場所としても活用できるようにした。

図5 クリーンルーム内に設置した窓

クリーンルーム内では,危険な薬品,高圧ガスを使用した作業を伴う。常時作業者の安全を確保するため,約40台のカメラを設置し,死角がないよう作業者の状態を確認できる自動監視システムを構築した。また非常時の避難経路確保や装置搬入時に稼働している設備への影響を極力少なくする必要があるため,共通通路は広さと直線性を十分に確保した。

図6 避難経路,装置搬入両面を考慮した通路確保

3.6 SDGsに沿った省エネルギーの実現

アズビルは,SDGsを道標に脱炭素社会の実現に向け自社の事業活動における環境負荷低減に取り組んでいる。新クリーンルームは藤沢テクノセンター内で比較的大規模な施設となるため,施設全体としてグループ目標に沿った省エネルギーを実現する必要がある。

ビルシステム事業で実績のある空調制御コントローラを採用し,よりフレキシブルに管理ポイントを設定し,エリア単位でのエネルギー管理が可能になるように設計した。また非稼働時間帯におけるエネルギー消費を必要最小限に抑えられるよう工夫した。具体的には特に電力消費が大きい空調をはじめとする各ユーティリティ設備の運転状態を常時モニタリングし,過去のノウハウを活かしエネルギー消費を削減できるようにした。

3.7 若手技術者の育成

クリーンルームの建設,それに伴う付帯設備の選定から導入,さらに各種製造プロセス装置の選定から導入を経験することは,数十年に一度の恰好の技術者育成の機会となった。これまでアズビルのMEMS技術を担って来たベテラン技術者と今後を担う若手技術者とが手を取り合い,知恵を絞ってこの一大プロジェクトを成功へ導いてきた。今回の経験が若手技術者達の糧となり,今後の新技術による独創的なMEMSセンサの開発推進につながっていくことが大いに期待できる。

4.今後の課題

DX推進が進められる中,アズビルにおけるMEMSセンサの開発から生産におけるITを活用したDXについては発展途上の部分がある。それぞれの製品の生い立ちや歴史,製品の提供先の市場特徴等がその一因である。幸い,アズビルは半導体市場向けのソリューション,特にEESの実現に関しては,前述したように2000年代から国内市場向けに実績を積み重ねている。現在でも活用可能な社内リソースがあり,社外からの最新情報も入手しやすい。これらの利点を活かし,今後はAIを活用した設備・装置の異常検知技術(17)を推進していく。さらに製造プロセスデータの高度な有効活用の仕組みを構築して開発効率をレベルアップし,短期間での高品質生産への移行を実現していく。

これまで供給してきたMEMSセンサの品質は,その開発されたセンサの世代ごとに確立してきた手法によって高品質を維持してきたが,世代間で採用している手法にばらつきが残っている。上述した技術を新クリーンルームの生産プロセスの立ち上げ,その後の稼働に活かすことで,より高いレベルに生産品質を向上させていくことが期待できる。

5.おわりに

藤沢テクノセンターに建設した新クリーンルームのコンセプトと得られた成果について述べた。今回のクリーンルーム建設により,アズビルの計測技術の次世代を担う独創的な沢テクノセンターに建設した新クリーンルームのコンセプトと得られた成果について述べた。今回のクリーンルーム建設により,アズビルの計測技術の次世代を担う独創的なMEMSセンサを開発し,その成果を順次世に送り出していき,かつ既存MEMSセンサを発展的に拡大していくための基盤が整った。さらに今回のクリーンルーム建設を経験し,ベテランからバトンを引き継いだ若手技術者が今後さらなる成長を遂げ活躍するフィールドも整備できた。今後MEMSセンサ技術を1つの軸として,アズビルの新時代を切り開いていくことが期待できる。

6.謝辞

本稿執筆にあたり本クリーンルームの建設に携わった皆さまに心から感謝申し上げたい。

<参考文献>

(1) 田中秀一:azbil Technical Review 2001年5月, マイクロフローセンサTM」チップ製作技術

(2) 池信一:azbil Technical Review 2011年1月, 微少流量向け熱式流量センサの開発

(3) 米田雅之:azbil Technical Review 2000年8月, ピエゾ抵抗式圧力センサの最適設計

(4)徳田智久:azbil Technical Review 2009年12月, 世界最高水準の精度と信頼性を有するピエゾ抵抗式圧力センサの開発

(5)矢野樹史,杉山正洋:azbil Technical Review 2021年5月, 湿度センサエレメント小型化によるセンサユニット化技術の開発

(6) 関根正志,石原卓也,差波信雄,谷武夫:azbil Technical Review 2011年1月, サファイア高温隔膜真空計のセンサ素子・パッケージ開発

(7) Masaru Soeda, Masashi Sekine, Mitsuhiko Nagata:APC conference XXX 2018, Austin ,Texas, Sapphire MEMS based smart capacitance manometer with fault detection function using heat flux of inlet gas

(8)Mordor Intelligence:
https://www.mordorintelligence.com/ja/industry-reports/mems-market

(9)アズビル株式会社, ニュースリリース2022年9月2日

(10)山縣謙一,黒澤敬,村上栄治:azbil Technical Review 2011年1月, 製造データの超効率的解析による高収益生産への挑戦

(11)Junya Nishiguchi, Takashi Kurosawa, Masaru Soeda:AEC/APC Symposium Asia 2019, Tokyo Endpoint Prediction for ICP Etching Process with Smart VM Method

(12)黒澤敬,西口純也:電気学会 ものづくり研究会, 2019年3月, 時系列プロセスデータを活用した高感度な設備・プロセス状態変化の検知手法の検討

(13)Eisuke Toyoda:AEC/APC Symposium Asia 2015 ,Tokyo,Tutorial Speech, The new direction for providing effective data for EES from sensors and digital controllers

(14)Masaru Soeda,Takuya Ishihara:AEC/APC Symposium ASIA, 2017, Tokyo Highly durable smart capacitance manometer with fault detection functions

(15)黒澤敬,笹岡秀毅:電気学会 ものづくり研究会, 2020年10月, ローカルコンピューティング階層での2段ウェーブレット変換による設備・装置の異常検知

(16)国土交通省港湾局, 平成23年7月22日, 第3回防災部会資料(平成23年7月6日開催)

(17)鈴木毅洋,西口純也:azbil Technical Review 2018年 特集バッチプロセス向けオンライン異常予兆検知手法の開発

<商標>
マイクロフローセンサ,ネオセンサ, SuperAceはアズビル株式会社の商標です。

<著者所属>
中野 正志 アズビル株式会社 技術開発本部マイクロデバイス部
黒澤 敬 アズビル株式会社 技術開発本部マイクロデバイス部

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2023年04月に掲載されたものです。