サファイア隔膜真空計(形V8)の開発
進化する半導体プロセス装置のニーズに合わせて,デポシフト課題の解決, 小型化,高温化,高速化に対応した隔膜真空計
1.はじめに
半導体の成膜やエッチングプロセスで使用される隔膜真空計には,耐食性や耐熱性が求められる。アズビルは,サファイア基材のMEMSセンサチップを開発し,10年以上にわたり隔膜真空計を市場投入してきた。しかし,半導体プロセスは日々進化しており,高温化,高速化などの新たなニーズも高まっている。これらの変化に対応するため,設計や機能を抜本的に見直し,「新たなサファイア隔膜真空計(形V8)」を開発した。
2.形V8のラインナップ
開発した形V8の外観写真を図1に示す。
現行品(形SPG)と同じセンサと計測回路が一体になった一体形(形V8C)と,センサと計測回路を分離した分離形(形V8S)の2つのモデルを開発した。

図1 形V8 外観
3.サファイア真空計の概要
3.1 サファイア材料
表1にサファイアと他材料との耐熱性,耐食性の比較を示す。サファイアはシリコンだけでなく,他の耐食性セラミックスと比較しても耐食性,耐熱性に優れた材料である。半導体のプロセスガスで使用されるフッ素や塩素といった腐食性の高いガスにも耐性を持ち,高温環境下でもその性能を維持することができる。
表1 サファイアの耐熱性,耐食性比較

図2 にサファイアセンサチップの模式断面図を示す。
感圧ダイアフラムと,コンデンサを形成するためのキャビティを持つ台座で構成され,どちらもサファイアが構成材料である。ダイアフラムと台座は耐食性,耐熱性を維持できる直接接合により接合されている。センサの大きさは約10mm角,ダイアフラムの直径は約8mmである。
ダイアフラムと台座には対向した金属電極が形成され,感圧容量\(C_X\)と参照容量\(C_R\)の2つの容量を構成している。感圧容量はダイアフラムの内側に形成され,圧力により容量値が変化する。感圧容量\(C_X\)と参照容量\(C_R\)を,式(1)を用いることにより材料の熱膨張による温度特性をキャンセルすることができ,誤差の少ない圧力計測ができる。

図2 センサチップ模式断面図
\(ε\):Permittivity in Cavity
\(F\):Thermal expansion coefficient of sensor material
\(S\):Area of electrode
\(d\):Distance between electrodes
\(α\):Deflections coefficient of diaphragm
\(P\):Applied pressure
3.3 センサパッケージ
図3にセンサパッケージの構造を示す。耐食性と耐熱性を確保するため,サファイアセンサチップは金属リングに拡散接合で接合している。また,ケミカルゲッターポンプを用いて基準真空室を高真空に維持している。圧力導入部には平板バッフルを装備し,配管からの固形物に対してセンサチップを保護している。

図3 センサパッケージ
4.製品の特長
4.1 デポシフト課題の解決
半導体製造で使用される真空計では,成膜やエッチングプロセス中に生成される副生成物がダイアフラムに付着し,ゼロ点がずれるという課題がある。形V8は,MEMS加工技術を用いて,4.1.1および4.1.2で示す2つの対策構造を持つダイアフラムを開発し,耐デポ性能を現行品(形SPG)より大幅に向上させることに成功した。(1)
4.1.1 微細凸凹構造
図4に示すように,ダイアフラムに幅約6μmの微細な溝を形成した。典型的な成膜プロセス中のガスの平均自由行程はおおよそ50μm程度であるため,これよりも狭い幅約6μmの空間にガス分子が侵入する確率は非常に低くなる。この効果により溝内に堆積が起きにくくなることを利用して堆積膜を分断して,ダイアフラムへの影響を抑制する。

図4 凸凹センサダイアフラム,断面図
図5に,SiO2-CVDプロセスにおけるデポシフトの評価結果を示す。従来のフラットダイアフラムに対して,微細凸凹構造は,デポによるシフト量を1/10以下に低減することができた。
この構造は主にCVDプロセスで発生するような以下の特徴を持つ膜のデポに対して効果が期待できる。
- 膜が粘性分をもつもの
- 膜中の分子の結合が弱いもの
- 比較的不均一に成膜されるもの

図5 SiO2-CVDプロセス中のゼロ点挙動比較
4.1.2 フラットダイアフラム
シミュレーションを活用して,堆積膜によるダイアフラムに生じる応力に対して,力学的に変形を抑制する対策を講じた。図6に示すように,ダイアフラムの接ガス側の半径(R)を固定部半径(R0)より拡大すると,膜応力による変位を抑えられる。

図6 モーメントバランス構造
本構造による耐デポ効果を実験で実証した。Al2O3のALDプロセスを模して,TMA(トリメチルアルミニウム (CH3)3Al)とH2Oを交互に導入し,その前後でゼロ点を連続的に計測した。図7aにモーメントバランス構造をとらないセンサチップ,図7bにモーメントバランス構造のセンサチップの場合の結果を示す。モーメントバランス構造のセンサチップの場合は,プロセス前後でゼロ点シフトが抑えられていることが確認できる。
この構造は主にALDプロセスで発生する以下の特徴を持つ膜のデポに対して効果が期待できる。
- 膜が固いもの
- 膜中の分子の結合が強いもの
- 均一に成膜されるもの

図7a Al2O3-ALDプロセス後のゼロ点挙動
(モーメントバランス構造なし)

図7b Al2O3-ALDプロセス後のゼロ点挙動
(モーメントバランス構造あり)
4.2 分離形(形V8S)による高温化対応
半導体プロセスの発展に伴うガスの材料高温化により,より高温に対応した隔膜真空計が要求されている。
センサと計測回路を分離して,かつ,センサを耐熱部品で構成することで,10~250℃まで対応した分離形モデル(形V8S)を開発した。
図8a,図8bに,形V8Sのセンサ温度特性の計測結果を示す。アズビル独自の温度補正アルゴリズムにより,10~250℃の広い温度範囲で誤差の少ない計測を可能にした。

図8a 分離形(形V8S)のセンサ温度特性(ゼロ点)

図8b 分離形(形V8S)のセンサ温度特性(スパン)
4.3 一体形(形V8C)
4.3.1 製品サイズ
図9に,現行品(形SPG)と一体形(形V8C)の真空計を示す。形V8Cは製品の高さを低くするために,従来の円筒形から四角形に変更し,計測回路のスペースを効率的に確保している。設置面積は現行品と同じであるため,置き換えが容易である。

図9 形V8C製品サイズ(現行品との比較)
4.3.2 自己加熱温度設定機能の追加
一体形(形V8C)に,各通信,接点入力によりセンサの加熱温度を45~200℃の範囲で自由に変更できる「自己加熱温度可変機能」を追加した。
成膜工程やクリーニングプロセスなど,プロセスに合わせて自己加熱温度を変更できる。また,お客様は自己加熱温度ごとに予備品を確保する必要がなくなり,在庫数が削減し管理も容易になる。
図10a,図10bに自己加熱可変タイプの一体形(形V8C)のセンサ温度特性を示す。45~200℃の広い温度範囲で誤差の少ない計測が可能である。

図10a 自己加熱可変形番のセンサ温度特性(ゼロ点)

図10b 自己加熱可変形番のセンサ温度特性(スパン)
アズビルのPID温度制御技術を活用することで,温度変更に対して素早い追従性,および,制御性を実現した。図11にセンサ温度制御特性の測定結果を示す。

図11 自己加熱可変形番のセンサ温度制御性
4.4 応答速度の高速化
ALD,ALEプロセスは,チャンバー内の圧力をmsオーダーで切り替える必要があり,その圧力を計測する真空計にも応答速度の高速化のニーズが高まっている。
計測回路,信号処理を高速化することで,応答速度(63%応答),1ms以下,圧力更新周期0.27msに対応した。高速基準器に対する現行品(形SPG)と形V8の応答速度の比較を図12に記す。現行品(SPG)では応答速度は63%応答にて40ms以下であるのに対して,形V8は,1ms以下の応答であることが分かる。

図12 応答試験結果(応答基準器との比較)
5.おわりに
サファイア隔膜真空計(形V8)は,進化する半導体プロセス装置のニーズに合わせて価値提供できる製品を目指して開発した。今後,更に特長ある製品を開発し,お客様に価値を提供していきたい。
<参考文献>
(1) 石原卓也;小型化,プロセス耐性を高めたサファイアリニューアル真空計の開発,azbil Technical Review,2023年,Vol.64,pp.9-15. アズビル株式会社
<著者所属>
小原 圭輔 アズビル株式会社アドバンスオートメーションカンパニー 戦略事業開発1部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2025年04月に掲載されたものです。
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