スマートフォンを用いた現場エンジニアリングの最適化
キーワード:スマートフォン,エンジニアリングツール,savic-net G5
弊社のビルディングオートメーションシステムのフラッグシップであるsavic-net™ G5は様々な制御コントローラで構成され,各コントローラにはアドレス設定やパラメータ設定,試運転等の現場エンジニアリングが必要である。この現場エンジニアリングでは作業の効率化と機動性を重視したハンディタイプのエンジニアリングツールが求められている。今回,スマートフォンを活用した現場エンジニアリングツールを開発し,現場エンジニアリングの最適化を実現したので報告する。
1.はじめに
弊社のビルディングオートメーションシステム(以下,BAS)のフラッグシップであるsavic-net G5は,様々な制御コントローラで構成される。図1のように,savic-net G5システムの制御コントローラは,統合コントローラを代表とするスーパーバイザリデバイス,アドバンストコントローラやジェネラルコントローラといったプライマリデバイス,そして,VAVコントローラやFCUコントローラに代表されるセカンダリデバイスで構成される。
savic-net G5に接続されるプライマリデバイスやセカンダリデバイスの台数は,建物の用途や客先の要求により異なるが,大型の建物や高度な自動制御が求められる場合,プライマリデバイスは1000台規模になることがあり,さらにプライマリデバイス1台にセカンダリデバイスは最大50台接続される。
これらのプライマリデバイスやセカンダリデバイスにはアドレス設定,パラメータ設定,試運転等の作業が必要であり,主に客先の施工現場で実施される。これらの作業は現場エンジニアリングと呼ばれ,現場エンジニアが実施している。
現場エンジニアリングは,図2のように作業内容に応じて,大きく4つの作業に分けて進められる。
「機器単体動作試験」は,プライマリデバイスとセカンダリデバイスのアドレス設定,パラメータ設定を実施し,デバイス単体での動作試験を行う作業である。「制御項目動作試験」は,プライマリデバイスやセカンダリデバイスの試運転を実施し,制御項目に対して動作試験を行う作業である。「中央監視動作試験」は中央監視装置に関連する統合コントローラや監視用PC等の立上げと設定を行い,プライマリデバイス,セカンダリデバイスとの接続試験を実施する作業である。「総合試運転動作試験」は建物全体で試運転による動作試験を行う作業である。

図1 savic-net G5システム構成

図2 現場エンジニアリングのフロー
2.現場エンジニアリングの課題
現場エンジニアリングにおいては,現場エンジニアの労働力不足が重要な課題である。建物用途や客先要求が複雑化・高度化する中で,BASの規模やシステム構成が多様化しており,それに伴い現場エンジニアリング作業量が増加している。一方,短工期化が進む施工現場では現場エンジニアリング可能な時間は減少している。このため現場エンジニアリングには,作業の効率化が強く求められている。現在,savic-net G5の現場エンジニアリングには,PCで動作するエンジニアリングツール(PC Engineering Tool for savic-net G5)(1)を使用している。しかし,現場エンジニアリングにおける「機器単体動作試験」や「制御項目動作試験」はプライマリデバイスやセカンダリデバイスが設置されている建物内の様々な場所で実施される。このことから,PCより機動性が高く各所で操作可能なハンディタイプの現場エンジニアリングのツールが求められている。
この課題を解決し現場エンジニアの要求を実現するために,スマートフォンを用いて現場エンジニアリングを可能とするツール(以下, 本ツール)の開発を行った。
本ツールに対して,現場エンジニアリングを効率化する機能を技術開発することで,作業時間を削減し最適化を実現した。
本稿では,本ツールの概要と現場エンジニアリング時間の削減に寄与するいくつかの機能について説明する。
3.スマートフォンを用いたエンジニアリング
本ツールは,市販のスマートフォン上で動作するアプリケーションである(図3)。
本ツールの接続は,図4のように現場エンジニアリング時に無線LANルータを設置し,無線LANルータを経由してプライマリデバイスとセカンダリデバイスにアクセスする。本ツールは,プライマリデバイスやセカンダリデバイスに対して,「機器単体動作試験」や「制御項目動作試験」向けのパラメータ設定や動作試験のための入出力操作を実施可能にした。

図3 スマートフォンで動作する現場エンジニアリングツール

図4 接続構成
4.現場エンジニアリングの最適化
現場エンジニアリングの時間削減に向けて,開発者と現場エンジニアで連携し,技術開発を行った。図5のように本ツールの試作品を現場エンジニアに提供し,その中で現場エンジニアリング時の課題を抽出し,課題解決するための機能を開発した。1~2ヵ月の周期で繰り返し実施した。

図5 現場課題の解決手法
4.1 エンジニアリング作業の診断
現場エンジニアリングの「制御項目動作試験」では,プライマリデバイスに対して一時的に設定値を変更する。動作試験後に変更した設定値を元に戻し,全体の作業完了時にそれを確認する必要がある。もし,現場エンジニアが元に戻し忘れた場合,クレームに発展する。
そこで,全体の作業完了時に確認すべき項目(診断項目)をまとめ,本ツールが自動で診断するようにした(図6)。
診断項目には,制御項目動作を試験する際のデバックモードの状態や入出力の強制操作状態,通信異常の発生有無等がある。
この診断機能を現場試行で確認したところ,プライマリデバイスの1台当たりの確認作業が18分から4.5分になり,13.5分削減することが確認できた。さらに設定ミスの防止によりエンジニアリング品質も担保できる。

図6 エンジニアリング作業の診断
4.2 二次元バーコードによるパラメータID共有
1台のデバイスには,数千以上の膨大な設定項目があり,現場や作業ごとに設定や確認すべき項目も異なり,現場エンジニアが設定項目を検索するのに時間がかかっていた。また,設定項目を他の現場エンジニアと共有する手段がなく,同一現場内のそれぞれのエンジニアが設定項目を検索する必要がある。
そこで,現場エンジニアが作業ごとに必要な設定項目を事前に検索し,設定項目のID(パラメータID)を本ツールに登録できるようにした。さらに登録したパラメータIDの情報を他の現場エンジニアと共有することを可能にした。共有方法は,登録したパラメータIDを二次元バーコード化し,他の現場エンジニアが使用する本ツールのスマートフォンに搭載されるカメラで,二次元バーコードを読み取る方式である。設定項目をPCやサーバ等を介さずに他の現場エンジニアと容易に共有することを可能にし,複数の現場エンジニアが同時に並列作業をできるようした( 図7)。

図7 二次元バーコードによるパラメータID共有
4.3 複数デバイスへの設定と操作展開
セカンダリデバイスは計装方法がパターン化しており,使用されるパラメータも同一である。しかし現場エンジニアリングにおいては,各セカンダリデバイスに対して個別にパラメータ設定と動作試験を実施しており,同様の作業を繰り返し実施していた。
そこで,1台のセカンダリデバイスに対して実施した設定や操作した情報を他の複数のセカンダリデバイスへ同時に展開できるようにした。これにより,複数のセカンダリデバイスに対して,個別に設定や操作を行う必要がないようにした。
この機能を現場試行で確認したところ,セカンダリデバイス1台当たりの設定・操作時間が,10分から7分に短縮した。

図8 複数デバイスへの設定と操作展開
4.4 現場エンジニア間のコミュニケーション
現場エンジニアは複数のメンバでコミュニケーションをとりながら現場エンジニアリングを進める。一般に現場エンジニア間のコミュニケーションは,携帯電話やトランシーバが使用される。しかし,施工現場では携帯電話が圏外であることが多い。また,トランシーバは相手との距離が遠くなると通信できない。遠距離でも通信を可能にするためには,高出力なトランシーバを用いる必要があるが,一定上の出力を伴うトランシーバを使用する際には免許が必要である。
そこで,savic-net G5のネットワークを活用して,本ツール同士でチャットによるコミュニケーションを可能にした(図9)。スマートフォン間をPeer To Peer(P2P)で通信することで,ネットワーク上にチャット用サーバの設置を不要にした。チャットにはテキストベースの文字による送受信だけでなく,写真や音声ファイル等のファイルの送受信を可能とすることで現場エンジニア間のコミュニケーションをより高度に実施できるようにした。

図9 現場エンジニア間のコミュニケーション
5.効果検証
本ツールを導入した場合に,どの程度現場エンジニアリング時間を短縮できるか検証した。はじめに現場試行を通じて,現場エンジニアリングの各作業時間を導入前と導入後で計測した。次に計測結果からプライマリデバイスとセカンダリデバイス1台当たりの削減時間を計測した。最後にこの削減時間がBAS全体の現場エンジニアリング時間に対して,どの程度の影響があるのか算出した。算出には,プライマリデバイスが60台,セカンダリデバイスが170台のBASを用いた。
検証結果,図10のように現場エンジニアリング時間は1980.8時間から1781.7時間になり,199.1時間削減できた。本ツールを用いて現場エンジニアリングが行われる「機器単体動作試験」や「制御項目動作試験」に着目すると,削減割合は20.6%であった。

図10 現場エンジニアリング時間
6.おわりに
現場エンジニアの労働力不足に対する課題を解決するために,スマートフォンを用いた現場エンジニアリングツールを開発した。開発者と現場エンジニアが連携し,現場エンジニアリングツールの現場試行を行うことで現場作業での課題を抽出し,課題を解決するための機能開発を進めた結果,現場エンジニアリング作業時間を削減することを可能にした。本ツールを活用することで,作業時間だけでなくエンジニアリング品質を確保できることから,現場エンジニアの働き方改革を推進しWell-beingの実現につながると考えている。今後は,クラウドシステムと連携しデジタルツイン技術やAI技術等を取り入れ,現場エンジニアリングのさらなる最適化を目指したい。
<参考文献>
(1) 小柳貴義, 勝見智行 他:ビルディングオートメーションシステムのエンジニアリング作業効率化に貢献する新しいエンジニアリングツール, azbil Technical Review, 2017年,Vol.58,pp.51-56,アズビル株式会社
<商標>
savic-netはアズビル株式会社の商標です。
BACnetはASHRAEの商標です。
ETHERNETは,富士フイルムビジネスイノベーション株式会社の日本または他の国における商標です。
Modbus is a trademark and the property of Schneider Electric SE, its subsidiaries and affiliated companies.
<著者所属>
天野 和也 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発企画部
岡山 義孝 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発企画部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2025年04月に掲載されたものです。
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