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熱画像カメラでの移動体鮮明化技術の開発

キーワード:サーモグラフィ,赤外線カメラ,移動体撮影,像流れ

移動体撮影時の像流れを抑制し,より鮮明な移動体の熱画像を取得することを可能となる赤外線サーモグラフィシステム形K2Tを開発した。K2Tは赤外線カメラ(形K2TS)と画像処理コントローラ(形K2TC)で構成される。これにより今まで対応できなかった製造ラインにおける熱画像を使ったインライン検査を適切に行えるようになり,検査品質の向上および生産性の向上に貢献できる。

1.はじめに

近年,赤外線カメラの性能向上と低価格化により様々な分野で熱画像の利用が進んでいる。COVID-19の影響から実際に街中で熱画像を目にする機会も増えている。産業分野においても適用範囲の広がりは見られ,従来の放射温度計が使われていた検査を赤外線カメラで置き換える試みや可視カメラでは検査が難しいアプリに対して熱画像を用いる事例も増えてきている。

今回開発した赤外線サーモグラフィシステム形K2Tは,赤外線カメラ形K2TSと画像処理コントローラ形K2TCによって構成され,赤外線カメラ形K2TSで取得した熱画像を画像処理コントローラ形K2TCで処理し,物体の表面温度から良否判定を行うものである。

赤外線カメラに使われる赤外線検出器は,一般に「量子型」と「熱型」の2種類に大別される。「量子型」の赤外線検出器は応答性や感度特性といった性能面に優れているが,冷却構造を必要とし運用性および価格の面で広く利用されるものではなかった。一方,「熱型」の赤外線検出器は,冷却構造を必要とせず量子型に比べて安価であるが,応答性・感度特性に劣るため,赤外線エネルギーの短時間の変化に追従することができない。

形K2TSで採用する赤外線検出器は,遠赤外線領域(波長領域8-14㎛)に感度を有するマイクロボロメータ方式であり,「熱型」に分類され,前述の通り比較的安価であるが応答性・感度特性の面で性能に劣る。そのため,高速で移動する物体の撮影時には本稿3で説明する「像流れ」という課題から,物体形状や温度を取得することが難しかった。

今回,この課題および課題を解決する熱画像鮮明化技術とその効果について報告する。

図1 形K2T カメラとコントローラ

図1 形K2T カメラとコントローラ

2.赤外線カメラの動作原理

本稿1で述べた通り赤外線カメラ形K2TSはマイクロボロメータ方式の赤外線検出器を採用している。マイクロボロメータは半導体製造プロセスを利用して機械構造と電子回路を1つの基材の上に形成するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術によりシリコン基板上に感熱素子を2次元格子状に形成して作られる。マイクロボロメータの感熱素子構造を図2に示す。

図2 マイクロボロメータの感熱素子構造

図2 マイクロボロメータの感熱素子構造

マイクロボロメータの感熱素子は,対象物からの赤外線のエネルギーに応じて薄膜の温度が変化し,あわせて薄膜の抵抗値が変化する。このとき,図2の電極間に定電圧を印可し,抵抗値の変化を電流変化として読み出す。この電流の変化を用いて赤外線のエネルギーを電気的に読み出し可能とする。

2次元格子上に配列された各感熱素子の抵抗変化の程度は個々にバラつきが大きく,読み出した電流の変化をそのまま画像としても,感熱素子の特性のバラつきが支配的となり,対象物の形状を判別することが困難となる。そのため,既知温度を有する平面黒体炉を用いた補正を行い特性の均一化を行う。これにより,対象物の赤外線のエネルギーを温度換算可能なデータ(熱画像)として出力する。

3.移動体測定における課題

図3は静止した高温物体を撮影した熱画像である。この高温物体が左から右へ通り過ぎる過程を,一般的なマイクロボロメータを用いた赤外線カメラで撮影すると,図4のような像流れ(画像のぶれ)が発生する。

図3 静止状態での画像

図3 静止状態での画像

図4 像流れの発生した画像

図4 像流れの発生した画像

像流れが発生すると,物体の形状が正しく判別できないだけでなく,検出される温度についても正しく測定できない。そのため,例えば段ボールなどの封かんに用いるホットメルト接着剤の塗布検査を考えた場合,ホットメルト接着剤の付着の有無の判別はできても,塗布量(面積)や塗布形状,塗布後の温度の測定は難しく,効果的な塗布状態の検査ができない。

ここで,像流れについて解説する。赤外線カメラに限らず可視カメラにおいても移動体の撮影ではブレ(ブラー)が生じる場合がある。これを低減するために外部のエネルギーを取り込む時間を短くすることが一般的である。これは,可視カメラにおいては露光時間を短くすることであり,赤外線カメラでは積分時間を短くすることになる。

しかしながら一般的な赤外線カメラは自由に積分時間を選択できず,連続的に撮影する画像と次の画像の間の期間が積分時間となるものが多い。

なお,この連続的に撮影した画像を一連の映像と見なし,ある撮影タイミングで取得した画像およびそのタイミング自体を「フレーム」,その次の撮影タイミングで取得した画像およびそのタイミング自体を「次のフレーム」と呼称する。また,1秒間あたりに撮影する画像数をフレームレートと呼称し,フレーム/秒として記載する。

議論を積分時間に戻す。一般的な赤外線カメラではあるフレームと次のフレームの間の間隔が積分時間となる。そのため,積分時間を短くすること,つまり高いフレームレートで撮影することで,像流れを低減可能なことは自明である。

ここで「量子型」の赤外線検出器を有した赤外線カメラは,積分時間約1μsecという優れた応答性を有する。そのため最大フレームレートは,赤外線検出器の性能ではなく,読み出し回路の性能で決まるといってよい。

一方,「熱型」の赤外線検出器であるマイクロボロメータの感熱素子は,熱時定数(\(τ\))が十数ミリ秒程度である。そのため,移動する対象物を高いフレームレートで撮影したとしても,感熱素子自体の応答が追いついておらず,その過渡状態を取り込む形となり,対象物の温度を正しくできない。

この課題にあたり,今回開発した赤外線カメラ形K2TSは,次に述べる鮮明化処理を実装することで,「熱型」の赤外線検出器であるマイクロボロメータを用いた赤外線カメラであっても像流れを抑えた鮮明な熱画像を撮影できる。

4.画像鮮明化処理

画像鮮明化を目的とするマイクロボロメータの感熱素子の応答遅れに対する改善手法について述べる。感熱素子の応答性は,時間による検出温度の変化を表す式として,一般的に以下のように表される。

\( T(t)=(T_0−T_1)exp\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t}{τ}\end{pmatrix}+T_1 \)
・・・式(1)

ここで,\(T\)(\(t\))は時間\(t\)における検出温度,\(T_0\)は初期温度(\(t\)=0での検出温度),\(T_1\)は最終温度(\(t\)=∞での検出温度),\(τ\)は感熱素子の熱時定数を表す。

経過時間\(t+Δt\)における検出値\(T(t+Δt)\)を加えた,検出温度の時間変化を図5に図示する。

図5 検出温度の時間変化

図5 検出温度の時間変化

ここで,\(T_1\)が一定であれば次の関係が成り立つ。

\( T(t+∆t)=(T_0−T_1)exp\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t+∆t}{τ}\end{pmatrix}+T_1 \)

\( =(T(t)−T_1)exp\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{∆t}{τ}\end{pmatrix}+T_1 \)
・・・式(2)

これは,\(T(t)\)を初期温度として最終温度を\(T_1\)とした場合の経過時間\(Δt\)の検出温度に等しい。従って,フレーム間隔\(t_f\)で撮影する赤外線カメラについて当てはめると,現フレームの検出温度\(T_n\)は,前フレームの検出温度\(T_{n−1}\)を初期温度,最終温度を\(T_t\)とすることで,フレーム間で最終温度\(T_n\)に変化が無ければ,

\( T_n=(T_{n−1}−T_1)exp\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t_f}{τ}\end{pmatrix}+T_1 \)
・・・式(3)

と考えられる。この時,最終温度\(T_t\)は現フレームの値\(T_n\)と1つ前のフレームの値\(T_{n−1}\)より,

\( T_t=\frac{\large{T_n−T_{n−1}exp}\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t_f}{τ}\end{pmatrix}}{\large{1−exp}\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t_f}{τ}\end{pmatrix}} \)

\( =kT_n+(1−k)T_{n−1} \)
・・・式(4)

\( k=\frac{\large{1}}{\large{1−exp}\begin{pmatrix}−\displaystyle\frac{t_f}{τ}\end{pmatrix}} \)

と表せる。

現実的な実装において,フレーム間隔\(t_f\)および感熱素子の熱時定数\(τ\)は既知である。そのため式(4)に従い2つのフレームの熱画像から最終的な温度を推定することが可能となる。

5.鮮明化による効果

今回開発した赤外線カメラ形K2TSは,VGAサイズ(640×480画素)で60フレーム/秒の撮影を行うことができる。加えて,読み出す画素数を制限する(画像のサイズを小さくする)ことでフレームレートの向上できる。例えば,QVGAサイズ(320×240画素)では240フレーム/秒での撮影が可能である。以下に,QVGAサイズ240フレーム/秒で移動体を撮影した結果を次に示す。

既に示した移動体(像流れの例として図4)について画像鮮明化処理を用いて撮影した結果が図6である。

図6 移動状態(鮮明化あり)

図6 移動状態(鮮明化あり)

図4と比較して明らかに像流れが抑えられており,図3に示す静止状態に近い熱画像が得られている。

次に図3,図4,図6の各熱画像の中央1ラインを横方向に切り出した情報を図7に示す。

図7 鮮明化による検出温度の改善効果

図7 鮮明化による検出温度の改善効果

検出温度についても鮮明化ありの場合には鮮明化なしに比べ,静止状態に近い値が取得できていることが分かる。

次に,これらの画像を用いた面積測定の結果を表1に示す。ここで,面積測定は画像処理コントローラ形K2TCが提供する検査機能の1つであり,ある温度以上(もしくは以下,もしくはある範囲内)という適合条件を満たす画素数をカウントし,その数値により合否判定するものである。

表1 鮮明化有無による検出面積(画素数)の違い

表1 鮮明化有無による検出面積(画素数)の違い

ここでも,鮮明化ありの方が鮮明化なしに比べて静止状態に近い結果が得られることが分かる。鮮明化なしの場合,45℃以上と40℃以上の面積は静止状態に近い結果が得られてはいるが,他の温度範囲では大きくずれている。

最後に,45℃以上を適合条件とした面積測定において,移動体の移動速度が変わった場合の,鮮明化処理の効果について検証した結果を図8に示す。

図8 移動速度による検出面積の変化

図8 移動速度による検出面積の変化

ここでも,鮮明化なしに比べて鮮明化ありの方が移動速度の影響を受けず,静止状態に近い結果を得ることができたことが分かる。

これらの結果が,実際のアプリケーションでどのような効果をもたらすかを考える。例えば,製造ラインでのホットメルト接着剤の塗布量検査を行う場合,熱画像のあらかじめ決められた温度範囲となる面積を測定することで塗布面積を確認することが考えられる。しかしながら鮮明化なしの画像では,検出する温度範囲の設定により面積が変化してしまうため,設定が困難である。また,移動速度によっても結果が異なってしまうため,常に一定の速度で移動させる必要があり,塗布量のしきい値を決める際にもラインを一定速度で移動させた状態で確認し決定する必要がある。それに比べ鮮明化ありの場合は,温度範囲の設定が容易であり,また,ラインの速度が変動しても安定した結果が得られるといえる。さらに,静止状態に近い結果が得られるため,ラインを止めた状態で撮影しながら塗布量のしきい値を決定することができる。

以上のように,ホットメルト接着剤の塗布量のような検査においては,検査設定が容易となり,結果についても検査精度の向上が期待できる。

6.おわりに

本稿では,主に「熱型」の赤外線検出器であるマイクロボロメータを用いた赤外線カメラにおける像流れを抑える画像鮮明化処理について述べた。この鮮明化技術を搭載した赤外線カメラ形K2TSおよび画像処理コントローラ形K2TCからなるサーモグラフィシステム形K2Tは,移動体の鮮明な熱画像を取得・演算することにより,生産ラインにおける熱画像での適切なインライン検査を行う事ができ,検査品質の向上や生産性の向上に貢献できる。

今後はさらなる性能向上に取り組むとともに,これまで熱画像を利用していなかったアプリケーションについても用途の拡大を検討していく。

<参考文献>

(1) 木股雅章,赤外線センサ原理と技術,2018年,科学情報出版株式会社

(2) 越口一敏,瀬戸新一朗,金原圭司,サーモグラフィによる工程検査システムの開発,azbil Technical Review,2016年,Vol.57,pp.54-58,アズビル株式会社

<著者所属>
増田 将宣 アズビル株式会社 アドバンスオートメーションカンパニー IAP開発部
西坂 晋  アズビル株式会社 アドバンスオートメーションカンパニー CP開発部

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2025年04月に掲載されたものです。