高速作動バルブの状態監視に向けたセルラー通信技術の応用と低消費電力化への取り組み
キーワード:無線通信,IoT,スマート化,不調検知,異常検知,バルブ,省施工
高速で作動する既設バルブの状態監視ニーズが高まる一方,多くの現場は連続稼働しているため追加の配線工事を伴うような機器追加は困難である。配線工事を無くし省施工を実現する方法の一つとして無線通信と電池駆動による機器のフルワイヤレス化が挙げられる。しかし,ワイヤレス化と高速作動バルブのデータ計測は消費電力の増加につながり,産業プロセス業界で求められる定期修理周期(1~4年)を超える電池寿命の確保が困難となる。本論文では,上記課題を解決し,高速作動バルブの状態監視を実現するための技術開発について報告する。
1.はじめに
アズビルでは従来,比較的低速で作動するバルブを対象とした状態監視技術を提供してきた。しかし近年,高速で作動するバルブに対する監視ニーズが顧客の間で高まっている。その一方で,稼働中の高速作動バルブのほとんどはリアルタイムでの状態監視ができていない。この背景を踏まえ,既存技術を発展させ,高速作動バルブの状態を正確に監視できるシステムを現場に導入し,その有効性を評価する必要があった。
高速作動バルブを正確に監視するためには,従来よりも高速なサンプリングが不可欠である。また,対象となるバルブの多くは既に現場で稼働しているため,状態監視システムは後付けできる必要がある。しかし,導入時に配線工事が必要な場合,高所でのケーブル敷設やループテスト等,多数の工程を要し,施工期間は数日に及ぶため,施工負担が増大し導入の障壁となる。したがって,状態監視システムには配線を必要とせず,容易に取り付け可能であることが求められる。一般的に配線不要とする方法として,無線通信および電池駆動を組み合わせ,通信と電源の双方を無線化するフルワイヤレス化が挙げられる。しかし,電池駆動の場合は無線通信による消費電力への影響が大きく,高速なサンプリングも消費電力の増大を招く。一方で,電池駆動とする場合,産業プロセス業界では定期修理の周期を超える年単位の電池寿命が求められる。したがって,高速作動バルブの状態監視を実現するためには,省施工のためのフルワイヤレス化とバルブ波形取得のための高速サンプリングを実現したうえで,電池の長寿命化を達成する必要がある。
本論文では,これらの課題を解決するための,セルラー通信を活用したフルワイヤレス機器の開発と,高速サンプリングとセルラー通信を低消費電力で実現する技術の開発について報告する。
本論文の構成は以下の通りである。
第2章では機器のフルワイヤレス化に向けた無線規格の選定について説明する。第3章では高速作動するバルブの状態監視における高速サンプリングの必要性について説明する。第4章では電池の長寿命化に向けた課題について述べる。第5章では長寿命化に向け開発した低消費電力化技術について説明する。第6章では本技術開発の成果について,顧客現場での実地評価をもとに述べる。
2.フルワイヤレス化のための無線規格の選定
第1章で述べた通り,バルブの状態監視システムには無線通信と電池駆動によるフルワイヤレス化が求められる。
無線通信の規格は多数存在するが,今回は敷地が広大なプラントへの適用が想定されることから,長距離通信が可能なLPWA(Low Power Wide Area)に分類される通信規格群から選定した。
LPWAは,低消費電力かつ広範囲の通信を可能にする無線通信技術である。主にIoT分野で利用されており,センサや端末が長時間稼働できることが特徴である。LPWAには,SigfoxやLoRaWANなど複数の規格が存在するが,今回はLTE Cat.M1(LTE-M)やNB-IoT(Narrowband Internet of Things)のようなセルラーLPWAを採用した。セルラーLPWAは3GPPによって標準化されたIoT向けセルラー通信技術である(1)。既存のLTEネットワークを基盤とし,端末帯域幅を制限することで低コスト化を図るとともに,省電力モード(PSM)や拡張DRX(eDRX)等,通常のLTE通信と比べ低消費電力化が可能な規格である(1)。
表1にセルラーLPWAとLoRaWAN,Sigfox,Wi-Fi HaLowの概略比較を示す。
表1 LPWA規格比較
LoRaWAN,Wi-Fi HaLowは,端末とは別に外部のネットワークとつなげるための親機を設置する必要がある(2)(3)。親機の設置には配線工事が必要であり,最適な設置場所を決定するための回線設計も必要となるため,施工負担軽減の効果は限定的である。一方でセルラーLPWAは通信事業者が提供する公衆回線を利用する。そのため,現場での親機設置が不要であり,端末設置のみで通信を開始することが可能である。
Sigfoxはライセンスパートナー企業が基地局を配置し公衆回線に似たネットワークを用意しているため,現場での親機設置は不要である(4)。しかし,ペイロード12バイト(上り),送信回数1日140回など,通信仕様に制約(4)(5)があり,用途としては河川や農地の水位・温湿度などの環境モニタリングのような,小容量,低頻度の通信用途に向けの通信規格である。バルブの状態監視では連続した開度波形データを送る必要があるため,データ容量は温度データなどと比較して大きく,Sigfoxが想定する用途には適合しない。一方,セルラーLPWAは通常のセルラー通信と比べると通信速度は劣るものの,LTE-Mの上り通信速度は1Mbps(全二重)/300kbps(半二重),NB-IoTでは62kbpsと他LPWAと比べ速く,数キロバイト程度であっても問題なく送信することができる(6)。
親機の設置が必要なく現場での施工が容易であるという特徴と,比較的高速であるという特徴が,省施工化と連続した開度波形データの送信という要求に適していると判断し,セルラーLPWAを採用することとした。
3.高速サンプリングの必要性
高速作動バルブの状態監視システムの実現に向け,高速サンプリングも要求のひとつである。
バルブ監視の目的のひとつとしては,動作不良発生前の不調を検知することが挙げられる。例えば,バルブの動作中に引っかかりが発生した場合,急峻な変動が発生する(図1)。バルブの状態監視において,計測器にはこのような急峻な変動を検知できることが求められる。また,ボール弁やダイヤフラム弁のような小口径のバルブは作動速度が速く,例えば,ON-OFF制御のような全開,全閉動作をさせた場合,200~300ミリ秒で遷移するものも存在する。この場合,高速作動するバルブの不調を的確に検知するためには,数ミリ秒~10ミリ秒程度のサンプリング周期が必要である。
図1 正常時と引っかかり時のバルブ開度波形の代表例
4.長寿命化に向けた課題
第1章で述べた通り,産業プロセス業界では定期修理の周期を超える電池寿命がひとつの要件となる。定期修理の一般的な周期は1年~4年であるため,本開発は最も条件の厳しい4年以上の電池寿命を目標とした。
第2章で説明したセルラーLPWAは他のLPWA規格と比較して消費電力が大きい。また,通信開始時にはネットワークアタッチやTLSハンドシェイクなど送信データ量に依存しない固定オーバーヘッドが発生するため(7),これによる機器全体の消費電力への影響は無視できない(図2)。オーバーヘッドの影響を軽減し,電池寿命を延長するためには1回で送信する波形データの量を増やし,通信周期を延ばす必要がある。
図2 セルラー通信時の消費電力波形の一例
通信周期を延ばすためには複数回分の波形データを計測機器の内部メモリに保持する必要がある。しかし,機器の内部メモリは限られているため,取得するデータ量は少ないことが望ましい。一方で,高速作動するバルブの開度波形を取得するためには高速なサンプリングが必要であり,それによりデータ量増加につながる。例えば,10ミリ秒間隔でサンプリングした場合,1データあたり4バイトと仮定すると,1秒間に400バイトのデータが生成される。マイコンのメモリ領域のうち40キロバイトを使用可能である場合,約100秒でメモリ容量が上限に達し,その前に無線によるデータ通信を実施する必要が生じる。マイコンのメモリを増やすことでデータ保持期間の延長が見込めるが,市販のマイコンのメモリ領域には限りがあり,メモリが大きいマイコンは製品のコスト増加にもつながる。このように,高速サンプリングによるデータ量の増加は通信頻度の増大を招き,結果として消費電力増加の要因となる。さらに,バルブの状態計測を行う際は角度センサ(以下,センサとする)への電力供給も必要となる。常時高速なサンプリングを行う場合,センサの電流静定時間も加味すると,測定に必要な電力供給を常時実施する必要があり,消費電力の増加につながる。
したがって,電池の長寿命化には,高速サンプリングと通信周期延長の両立に加え,センサ駆動の低消費電力化という複合的な課題解決が求められる。
5.長寿命化実現のための技術開発
5.1 課題解決にむけた方針
第4章で述べた通り,常時高速サンプリングを行うと短時間でメモリ容量の上限に達し,通信周期の延長が困難となる。しかし,高速で作動するバルブの多くは常時動いているわけではなく,動作頻度は数時間~1週間に1度程度と待機時間が大半を占める。そこで,バルブの開閉動作時のみ高速サンプリングを行い,それ以外の待機時間は低速でサンプリングするように制御することで,最低限のデータ量でバルブ開度波形を取得でき,通信周期の延長も可能となる。
また,センサのS/N比は供給する電力量によって決まる。高精度な計測を行う際には高いS/N比が必要となるため,測定時には十分な電力を供給する必要がある。一方,測定時以外は高いS/N比を必要としない。そのため,測定以外の期間については,センサへ供給する電力量を抑える,もしくは電力供給自体を停止することが可能である。
以上より,電池の長寿命化実現に向け,データ量削減のためのサンプリング周期の制御と,センサ消費電力削減のためのセンサの間欠駆動という二つの方針を採用し,低消費電力化技術の開発を行った(図3)。
図3 サンプリング周期の制御とセンサの間欠駆動
5.2 低消費電力化技術
サンプリング周期の制御を実現するためには,センサの値を常時監視し,バルブの動作開始を迅速に検出する仕組みが必要である。
CPUによるセンサ信号の監視でバルブの動作開始を検出する方法を考える。例えば,センサの値を高速で測定し,バルブの動作開始検出から一定時間のみ内部メモリへ保持する仕組みとすることで,データ量は削減可能である。しかし,CPUは常にアクティブ状態になるためCPUの消費電力は増加する。一方,CPUの消費電力を抑えるために測定周期を延長すると,高速作動するバルブの動作開始を検出することができない。
この課題を解決するため,CPUから独立して動作する「動作開始検出回路」を設けることで,CPUのアクティブ時間を抑えつつ,高速作動するバルブの動作開始の瞬間を検出可能とした。
バルブ動作の常時監視から高速サンプリングを開始するまでの一連の流れを以下に示す(図4)。
- 動作開始検出回路によりセンサを常時監視する。その間CPUはスリープ状態を基本とし,設定した長い周期で復帰し,低速サンプリングを実行する。
- バルブが動作しセンサの出力が変化すると,検出回路がHWトリガを出力する。
- HWトリガによりCPUが復帰,高速サンプリングを開始する。
動作開始検出回路の機能としては,センサの急峻な変化を検出するという単純機能のみに限定している。機能を限定することで検出回路自体も低消費電力で動作可能としている。
図4 サンプリング周期の制御
また,動作開始検出回路による常時監視を実現するためには常にセンサへの電力供給が必要となり,消費電力増加につながる。しかし,動作開始検出回路はセンサの変化のみをとらえられればよく,バルブの開度波形取得時のように高いS/N比を必要としない。そこで,常時監視時にはセンサに供給する電力を最小限にし,低速サンプリングと高速サンプリングのタイミングのみ,開度取得に必要なレベルの電力を供給する間欠駆動とした(図5)。センサを間欠駆動させることにより,バルブ動作を常時監視しつつセンサでの消費電力を50%以上削減した。
図5 センサ間欠駆動
5.3 低消費電力化技術の効果
サンプリング周期の制御とセンサの間欠駆動という2つの技術により,セルラー通信と高速サンプリングを低消費電力で動作させることが可能となった。その結果,バルブの動作頻度により変化するものの,年単位の寿命を実現した(図6)。グラフの電池寿命は,16Ahの電池の搭載を想定し,電池の個体差や電圧変動を考慮し電池容量を80%として計算した値である。バルブの動作周期が3時間の場合,電池寿命は約4.2年となる。目標としていた定期修理の周期である4年間を超える数値であり,産業プロセス業界現場で求められる長寿命を達成できた。
図6 バルブ開閉動作周期ごとの電池寿命
(16Ah電池)
6.実地評価による検証
これまでに述べた技術により,バルブの高速作動を捉えつつ省電力で動作する,長寿命なフルワイヤレス機器を開発した。この機器を用いて顧客現場における評価を実施した。
評価の中で,従来は配線工事が必要で設置に数日を要していた作業が,フルワイヤレス化により設置から調整,動作確認までを1台当たり30分程度で実施可能となることを確認した。これにより導入障壁であった施工負担を大幅に軽減でき,国内複数の顧客現場における既設弁での評価を実現することで,フルワイヤレス機器による省施工化の効果を実証した。
また, 評価対象のバルブの中には200ミリ秒以下で作動するものも含まれていたが,そのような高速で作動するバルブの開度波形も問題なく取得できることを確認した(図7)。
図7 高速作動するバルブの開度波形
さらに,一部の顧客では,バルブがスムーズに動作する「正常状態」から,最後まで閉じるものの途中で引っかかりが生じる「不調の検知」,途中で引っかかった状態で最後まで閉じることができなくなる「作動不良」に至るまでの過程を捉えられた(図8)。作動不良発生の前に遠隔から不調を検知可能とすることで,現場作業員のメンテナンス負荷の軽減や作動不良発生による生産への影響を軽減できると考えられる。本評価の結果より高速で作動するバルブの状態監視の有用性を立証できたといえる。
図8 正常状態から不調検知,作動不良までの一例
7.おわりに
本稿では,高速で作動する遠隔状態監視を実現するためのフルワイヤレス機器の開発と,セルラー通信と高速サンプリングを低消費電力で実現する技術の開発について述べた。
既設弁への導入に向け,現場への親機設置を必要としないセルラーLPWAと電池駆動によるフルワイヤレス機器を開発することで,現場での設置作業を簡素化し省施工化を可能とした。また,サンプリング周期の制御とセンサの間欠駆動という2つの技術開発により,200ミリ秒で作動するバルブの開度波形の取得が可能な高速サンプリングと,配線工事をなくし施工負担を軽減するためのフルワイヤレス化を実現しつつ,バルブの動作条件により4年以上の電池寿命を達成可能とした。さらに,これらの技術を搭載した遠隔状態監視システムを実際の顧客現場で評価した結果,施工負担の大幅な軽減効果や,バルブが作動不良に至る前の不調の検知ができることを確認した。今後は,本稿で説明した技術を基盤に製品開発を進め,バルブ事業の顧客課題の解決に貢献することを目指す。
<参考文献>
(1)武田和晃他,ウリ A. ハプサリ,高橋秀明,藤島大輔,繆震:LTE Release 13におけるIoTを実現する新技術,NTT DOCOMO テクニカル・ジャーナル,2016年,Vol.24,No.2,pp.32-37,NTT DOCOMO, INC.
(2)Bernhard K oelmel,Max Borsch,Rebecca Bulander,Lukas Waidelich ,Tanja Brugger,Ansgar Kuehn,Matthias Weyer,Luc Schmerber and Michael Krutwig:Quantifying the Economic and Financial Viability of NB-IoT and LoRaWAN Technologies:A Comprehensive Life Cycle Cost Analysis Using Pragmatic Computational Tools,FinTech,2023,Vol.2,No.3,pp.510-526,MDPI
(3)Arshad Farhad,Jae-Young Pyun:Resource Management for Massive Internet of Things in IEEE 802.11ah WLAN:Potentials,Current Solutions,and Open Challenges,Sensors,2022,Vol.22,No.23,Article No. 9509,MDPI
(4)Sigfox Technical Overview,2017,SIGFOX
(5)Massimo Ballerini,Tommaso Polonelli,Davide Brunelli,Michele Magno and Luca Benini:NBIoT vs. LoRaWAN:An Experimental Evaluation for Industrial Applications,IEEE Transactions on Industrial Informatics,2020,Vol.16,No.12,pp.7802-7811,IEEE
(6)eMTC及びNB-IoTの技術概要・共用検討,総務省情報通信審議会/アドホックグループ会合資料(第2回),2017年,総務省
(7)Jörn Bodenhausen,Jaurenz Grote,Michael Rademacher,Martin Henze:Adaptive Optimization of TLS Overhead for Wireless Communication in Critical Infrastructure,Proceedings of the 8th Cyber Security in Networking Conference(CSNet 2024), 2024,pp.1-4, IEEE
<商標>
3GPPおよびLTEは欧州電気通信標準協会(ETSI)の登録商標です。
SigfoxはUnaBiz SASの登録商標です。
LoRaWANはLoRa Alliance®の登録商標です。
Wi-Fi HaLowはWi-Fi Allianceの商標です。
<著者所属>
簗瀬 壮一朗 アズビル株式会社 技術開発本部 基幹技術部
田辺 樹 アズビル株式会社 技術開発本部 基幹技術部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2026年04月に掲載されたものです。
